サム・ムーア(Sam Moore/本名:Samuel David Moore /1935年10月12日~)は、アメリカ合衆国のシンガー。
フロリダ州マイアミ出身。
サム・ムーアとデイブ・プラーターはどちらも経験豊富なゴスペルミュージックの歌手であり、自宅や教会でゴスペル音楽を聴いて歌っていた。
1954年、サムはドゥーワップグループ「The Majestics」で活動し、
“Nitey-Nite”/“CavemanRock”を録音した。
その後、サムはゴスペルグループ「The Gales」と「The Mellonaires」でも歌った。
1961年、サムとデイヴは出演していたマイアミの「キングオブハーツクラブ」で知り合い、ヴォーカル・デュオ「サム&デイヴ」(Sam & Dave)を結成。サムが高音パート(テナー)を、デイヴが低音パート(テナー、バリトン)を受け持った。
1962年には、ルーレットレコードと契約し、デビュー。
1964年、アトランティックレコードに移籍し、名門スタックス(Stax)・レーベルに「貸与」されて、レコードの制作、録音、リリースが行われた。ヒット曲のほとんどは、アイザック・ヘイズとデビッド・ポーターによって書かれた。レコーディングでは、ブッカーT、MG、メンフィスホーンズが演奏するとともに、アイザックもピアノ演奏で参加した。
1965年11月、スタックス移籍後2枚リリースしてパッとなかったが、続く3枚目のシングル“ユー・ドント・ノウ・ライク・アイ・ノウ”(You Don't Know Like I Know)をリリースしたところ、翌1966年、ビルボードR&Bチャート(以下「R&Bチャート」)7位に達するヒットになった。
1966年、セルフ・タイトルのアルバム『サム&デイヴ』(Sam&Dave)をリリース。本作は彼らにとって初のレコーディング作品を含む、キャリアの出発点となる作品集。サム・クックからの影響も見えるゴスペルを基盤にした歌声で、バラードにリズム・ナンバーにと二人の実力が伺える。
同年3月、シングル“ホールド・オン”(Hold On, I'm Comin')をリリース。全米ポップチャート(以下「全米」)21位、R&Bチャート1位を記録、彼らにとって全米トップ40に入った最初のシングルとなった。“ホールド・オン”は同年、R&Bチャートで20週間入り続け、6月には1位に到達。さらにR&Bチャートの同年年間最優秀曲に選ばれた。また、1988年、『RollingStone』誌は同曲を過去25年間のベスト100曲の1つに挙げた。同曲は、発売から29年後の1995年、100万枚の売り上げでRIAAゴールドレコードを獲得した。“ホールド・オン”は、発売以来、何十人ものアーティストによってカヴァーされている。
同年、アルバム『ホールド・オン』(Hold On, I'm Comin')をリリース。全米45位を記録、R&Bチャートでは19週間にわたり1位の座を守った。大ヒットナンバーとなった表題曲や、“ユー・ドント・ノウ・ライク・アイ・ノウ”も収録。
同年、アルバム『ダブル・ダイナマイト』(Double Dynamite)をリリース。全米118位、R&Bチャート7位を記録。R&Bチャート2位のバラード“僕のベイビーに何か?”(When Something Is Wrong With My Baby)を筆頭に、“ユー・ガット・ミー・ハミン”など4曲のヒットを収録。サム・クックの“スーズ・ミー”、ジェイムズ&ボビー・ピューリファイの“アイム・ユア・パペット”とサザン・ソウル人気曲のカヴァーも収録。
1967年、アルバム『ソウルマン』(Soul Men)をリリース。全米62位、R&B チャート5位を記録。スティーヴ・クロッパーの絶妙なギターが印象的な表題曲“ソウルマン”(Soul Men)はR&Bチャート1位を獲得、全米2位も記録した。美しいバラード“レット・イット・ビー・ミー”、ブルージーな“アイム・ウィズ・ユー”なども収録され、サム&デイヴの多彩な魅力を堪能できる。
1968年、アトランティックに移籍。
アルバム『アイ・サンキュー』(I Thank You)をリリース、R&B チャート38位を記録。R&Bチャート4位、全米9位の大ヒットとなった表題曲“アイ・サンキュー”を筆頭に、洗練度を増したメンフィス・サウンドで、ダイナマイトぶりを発揮した4作目。ギターのカッティングが冴え、ストリングスが効果的に絡む“エヴリバディ・ガット・トゥ・ビリーヴ・イン・サムバディ”では、70年代のグルーヴを先取りしたような新境地もみせる。オーティス・レディング“ジーズ・アームズ・オブ・マイン”のカヴァーも収録。
1969年、ベストアルバム『ザ・ベスト・オブ』をリリース。
1975年、ユナイテッド・アーティスツ(United Artists)に移籍。
同年、アルバム『バック・アッチャ』( Back at Cha )をリリース。
同年、ジャコ・パストリアのアルバム『ジャコ・パストリアスの肖像』にゲスト参加、名唱“カム・オン、カム・オーヴァー”(Come On, Come Over)を残している。
1978年、アルバム『スウィート&ファンキー・ゴールド』をリリース。
1979年、ブルース・ブラザーズ(The Blues Brothers)により、“ソウルマン”がカヴァーされる。
1980年、映画『ブルース・ブラザーズ』が公開。ブルーズやソウルのレジェンドが多数出演し、劇中で演奏・歌唱を披露する中、主演のブルース・ブラザーズがスティーヴ・クロッパー等をバックに “ソウルマン”等を歌唱するシーンが話題になる。
1981年12月31日、サム&デイヴ最後の公演がサンフランシスコの「オールドウォルドルフ」で行われ、デュオは解散した。
その後サム・ムーアはソロになり、度々来日公演も行った。
デイヴも、サム・ダニエルズという別の「サム」と活動を行う。
1988年、デイヴは交通事故のためこの世を去った。
1994年、カントリー歌手のConway Twittyのシングル"Rainy Night in Georgia"に客演した。
なお、Conwayは同曲リリース前年の1993年6月5日、他界した。
1998年7月7日、『Papa Soul's Christmas』リリース。
2006年、サムは英国でMOBO(Music of Black Origin)生涯功労賞を受賞した。
同年8月29日、アルバム『オーヴァーナイト・センセーショナル』(Overnight Sensational)をRhino Recordsからリリース。R&Bチャート90位。"I Can't Stand the Rain"をシングルカットした。グラミー賞ノミネート作品となった同アルバムは、エリック・クラプトン、スティング、ブルース・スプリングスティーン、ジョン・ボン・ジョヴィ、マライア・キャリー、スティーブ・ウィンウッドといった後輩アーティストと鮮やかなコラボレーションを繰り広げ話題となった。
2010年12月、ブルーノート東京で来日公演を実施。
2011年7月、各地で来日公演を実施。
7月24日、JOIN ALIVE(北海道/岩見沢)をはじめ、コットンクラブ(東京)、
ブルーノート(東京)でも公演。
7月29日、フジロックに初出演。
2013年5月、ブルーノート東京で来日公演を実施。
2015年12月2日~4日、80歳にして来日、ブルーノート東京にて3日間、トータス松本、ゴスペラーズらを日替わりゲストに迎え、公演を実施した。
(参照)
Wikipedia「サム&デイヴ」「Sam Moore」「Sam & Dave」(英語版)
ワーナーミュージックジャパン「サム・ムーア」「サム&デイヴ」
ブルーノート東京
http://www.bluenote.co.jp/jp/artists/sam-moore101213/