ボーイ・ジョージ(Boy George/本名George Alan O'Dowd/1961年6月14日~)は、

ロンドン生まれのアイルランド系イギリス人ミュージシャン。

カルチャー・クラブ(Culture Club)のヴォーカリストとして知られる。

 

 

1982年、ヴァージン・レコードと正式に契約。

同年5月、“ホワイト・ボーイ”でカルチャー・クラブのヴォーカリストとしてデビュー。

9月にアルバム『キッシング・トゥー・ビー・クレヴァー』、

10月にはシングル“君は完璧さ”(Do You Really Want To Hurt Me)が全英1位になる。

 

同バンド最大のヒット曲は、“カーマは気まぐれ”(Karma Chameleon)。

1983年のアルバム『カラー・バイ・ナンバーズ』からシングルカットされた同曲は、

1984年2月にビルボード3週連続No.1を記録し、全英でも1位を記録。

日本でもオリコン週間総合チャート1位を獲得した。

 

同年、グラミー賞最優秀新人賞受賞。

その他の代表曲に、 1983年“ポイズン・マインド”(Church Of The Poison Mind)、

“イッツ・ア・ミラクル”、“ミス・ミー・ブラインド”、“戦争の歌”(The War Song)などがある。

奇抜なメイクと独特のハイトーンヴォイスを駆使した楽曲でヒット曲を連発。

1980年代の第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンを牽引した。

 

 

 

 

1984年、スーパー・チャリティ・プロジェクトの先駆け「バンド・エイド」に

当時の人気スターとして参加。

 

1986年に4thアルバム『フロム・ラグジャリー・トゥ・ハート・エイク』をリリースするも、

ボーイ・ジョージが薬物ドラッグを所持・使用していたとして逮捕されたことで、

カルチャー・クラブは活動休止。メンバー各自ソロ活動に入る。

 

翌1987年、カルチャー・クラブ解散。

 

ジョージもソロ活動を開始し、1987年にアルバム『Sold』をリリース。

 

1990年には「Jesus Loves You」名義で活動。

同名義ではアルバム『The Matir Mantra』が唯一のリリース作品となった。

 

1992年、アカデミー賞脚本賞を受賞した映画『クライング・ゲーム』の主題歌、

“クライング・ゲーム”がヒット。

なお、同曲のプロデュースはペット・ショップ・ボーイズが担当した。

 

1995年カルチャー・クラブでの栄光と挫折を中心に描いた

自伝『Take it like a man』を発表(未邦訳)。

後にジョージの自伝とリー・バウリーの本を元にした、

ミュージカル「Taboo」がロンドンとブロードウエイで上演された。

また、英国では自伝を脚色したテレビドラマが、

2010年に『Worried About the Boy』と題して放送された。

 

1996年には、日本の「CHAGE&ASKA」の楽曲を世界中の一流アーティストが

カヴァーするトリビュートアルバム『one voice THE SONGS OF CHAGE&ASKA』に参加。

“Dream”(原題「夢」)を歌唱している。

 

1998年11月、カルチャー・クラブがオリジナル・メンバーで再結成し、

翌1999年12月、約13年振りの5thアルバム

『ドント・マインド・イフ・アイ・ドゥ』をリリース。

 

2000年3月、15年ぶりに来日公演を行う。その後バンドは再び休止状態に。

 

2005年10月7日、コカイン所持・使用と虚偽通報の疑いにより、

ボーイ・ジョージがニューヨークにて逮捕される。

2006年8月14日、司法取引によりコカイン所持は不問となったが、

虚偽通報の罪で5日間の社会奉仕活動の裁判所命令を受け、

ニューヨーク・マンハッタン南部で清掃活動を行った。

2007年4月28日、インターネットを通じて知り合ったノルウェー人男性を

ロンドン東部の自宅に呼んだ後、鎖などで束縛した容疑でジョージが逮捕される。

ジョージは手錠をかけたことは認めたものの、監禁や傷害の容疑に対しては否認した。

2008年7月、アメリカでの夏のツアーと、ニューヨーク市衛生局主催の

無料コンサートでの演奏を計画していたが、監禁事件で本国イギリスにて

起訴されていることを理由に、アメリカ合衆国への入国を拒否された。

同年12月5日、ロンドンにある刑事裁判所の陪審団により

ボーイ・ジョージに対し有罪の評決が出された。

 

2009年1月16日、裁判官はジョージに禁固15ヶ月の実刑判決を言い渡した。

同年5月11日、所内での勤勉な態度を理由に、

ジョージは4ヶ月での出所が認められて出所した。

 

 

2014年1月、ソロの音楽活動を再開。

同年、カルチャー・クラブも活動を再開し、

11月にUSAツアー、12月にUKツアーが開催された。

 

2018年、カルチャー・クラブのニュー・アルバムに先行して、

当時ライヴでは既に定着していた人気曲“Let Somebody Love You”を

ファースト・シングルとして発表。

 

同年10月26日、前作のリリースから実に約19年振りという

カルチャー・クラブの6thオリジナル・アルバム『Life』を発表した。

 

 

 

80年代に全米を席巻した第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの筆頭として

シーンを牽引したカルチャー・クラブ。

そのヴォーカリストとして、個性あふれる中世的なメイクやファッション、

独特のハイトーン・ヴォイスを駆使した楽曲により、

ヴィジュアルとサウンドの両面で世界を魅了したボーイ・ジョージは、

私生活でも何かと派手な話題に事欠かなかった。

 

しかし、やんちゃな「ボーイ」も歳を重ね、今日迎えた、50代最後の誕生日。

ジョージには良い意味で少し大人になり、今後は存分に音楽活動に専念して

もう一花咲かせてもらいたいものである。

 

 

 

(参照)

Wikipedia「ボーイ・ジョージ」「カルチャー・クラブ」