高校を中退し名古屋市内で「伊藤シスターズ」名義で歌っていた双子の姉妹デュオを渡辺プロダクションの渡辺晋がスカウトしたのは1958年のことだった。

 

姉は、伊藤エミ(本名:澤田 日出代(さわだ ひでよ)[旧姓、伊藤]/1941年4月1日~2012年6月15日)。

妹は、伊藤ユミ(本名:伊藤 月子(いとう つきこ)/1941年4月1日~ 2016年5月18日)。

 

上京した二人は渡辺の自宅で下宿をしながら宮川泰に師事したが、デビューに向けて彼女たちに付けられたグループ名が、ザ・ピーナッツである。

 

 

当時流行していたのは、アメリカやヨーロッパのポップスに日本語の歌詞をつけて歌うカヴァー・ポップス。それを吸収する形で誕生した和製ポップスの第一号と言われる “可愛い花”でザ・ピーナッツはデビューを果たす。ただし、この「和製ポップス第一号」説には異論もある(後述)。

 

 

ザ・ピーナッツ「 可愛い花 」 The Peanuts"Kawaii-hana"

 

 

 

ザ・ピーナッツ「情熱の花」

 

 

 

以後、ザ・ピーナッツは、坂本九らととも和製ポップスの代表的存在としてシーンを牽引。『ザ・ヒットパレード』のレギュラー、『シャボン玉ホリデー』のメイン司会を務めるなど芸能活動の幅を広げながら、次第にカヴァー曲から“振り向かないで”、“恋のバカンス”などのオリジナルの楽曲へと移行していく。

 

 

ザ・ピーナッツ「ふりむかないで」

 

 

 

ザ・ピーナッツ「恋のバカンス」

 

 

 

ザ・ピーナッツ「ウナ・セラ・ディ東京」

 

 

 

ザ・ピーナッツ「恋のフーガ」

 

 

 

ザ・ピーナッツは、国内のみならず、海外公演や『エド・サリヴァン・ショー』(アメリカ)や『カテリーナ・バレンテ・ショー』(当時の西ドイツ。現・ドイツ)などのテレビ番組にも出演。これにより和製ポップスを世界に知らしめす役割を果たした。

 

その功績は大きく、特に当時の東西両ドイツやイタリアでは、日本の歌手といえば即座に「ザ・ピーナッツ」と連想されるほどの活躍ぶりで高く評価された。

 

芸能界で活躍を続ける中、ザ・ピーナツの二人は1972年ごろから、忙しない芸能界から身を引くことを考える。

 

そうした心情を反映してか、この頃から別れを歌う曲が多くなっていく。

 

 

ザピーナッツ「さよならは突然に」

 

 

 

1975年4月にザ・ピーナッツは芸能界を引退し、姉のエミは同じ事務所だった沢田研二と結婚。その後1男を出産するが、1987年1月に離婚した。

引退以降、二人が表舞台に顔を出すことは無かった。

 

 

 

和製ポップスの第一号が、ザ・ピーナッツの“可愛い花”である、という言説に対し、

1965年4月20日に発売されたエミー・ジャクソンのデビュー曲 “涙の太陽” (Crying in a Storm)こそが和製ポップス第一号だ、という主張がある。

 

その理由は、“可愛い花”が外国で作られた曲に日本語の歌詞を乗せただけであるのに対して、“涙の太陽”は、歌詞こそ英語だが、作詞:R. H. Rivers(湯川れい子)、作曲・編曲:中島安敏と日本人により作られた楽曲であることなどが挙げられている。

 

涙の太陽/エミー・ジャクソン

 

 

 

この曲はエミー・ジャクソンの代表曲となるとともに、日本語ヴァージョンが多くの歌手にカヴァーされた。

なかでも安西マリアによる歌唱が有名である。

 

 

安西マリア「涙の太陽」

 

 

 

 

ザ・ピーナッツは歌手やタレントとして活動の他に、映画にも出演している。

 

その中で最も有名なのが、『モスラ』(1961年7月30日、東宝)だろう。

本作品で二人は小美人という重要な役割を果たし、劇中で歌ったインドネシア語の歌は後にレコード化もされている。

 

モスラの歌 フルVer. ザ・ピーナッツ ('1961モスラより) MOTHRA

 

 

 

 

ザ・ピーナッツは文化放送がステーションソング(局のイメージソング)を制作したとき、その“QRソング”の歌い手に選ばれている。この曲はその後、歌い手を変えながらも現在まで、文化放送の歌として親しまれている。

 

 

QRの歌(QRソング・オリジナル)

 

 

 

 

ザ・ピーナッツが活躍したのは今から半世紀以上も前のこと。

 

さすがに古さは否めないが、古くても良いものは良い。

 

そんな当たり前のことを今さらながらに思う次第である。

 

ザ・ピーナッツのヒット曲、代表曲が聴けるのは、これ。

 

 

往時の音楽を聴く時に、往時に流行った酒があればなお嬉しい。

 

そこで、トリスである。

 

トリス自体は初代が1919年の発売だが、

1958年(昭和33年)に登場した 

イメージキャラクター「アンクルトリス」(デザイン:柳原良平)は

昨今CMでもリバイバル起用されている。

 

トリスはぜひ、ハイボールでどうぞ。