心が負けそうなとき
憧れの人のことを思い出してみる
目標に向かっている姿
机で悩んでいる背中
戦っている眼差し
全てがかっこいい…
その姿を思い浮かべて
今日という日を
全力で過ごしたい
と思った。
Mia
心が負けそうなとき
憧れの人のことを思い出してみる
目標に向かっている姿
机で悩んでいる背中
戦っている眼差し
全てがかっこいい…
その姿を思い浮かべて
今日という日を
全力で過ごしたい
と思った。
Mia
これは今、私が大切に育てている「ジニア」
日本では「百日草」
お花がたくさん咲くので
毎朝が楽しみになった。
先日の猛暑のときだった。
ふと見てみると、花びらが全部しおれてしまい、ぐったりしている。
私はとても焦って、慌てて「ごめんね、ごめんね…」と謝りながら水をかけてあげた。
もうダメになってしまったのかな、と心配していたら、数時間後にピン!っと背を伸ばして、キラキラと咲き直していた。
安心して嬉しくなって、少しおかしくなった。
「あれぇ、単純だなあ…」
隣りにちょっとだけ見えてるのは、大好きなバジル。
最初はキッチンで育てていたんだけど、試しに外に出してみたら、
どんどん自由に葉をつけ始めた。
今まで、植物を育てるのが苦手だと思っていたんだけど、
植えた種は、ある程度ほっといても
一分一秒、必ず成長していて・・・
なんだか、当たり前だけど、
とても大切なことに気づかされた。
「パッと見ただけでは分かりづらくても、
必ず成長している。」
それは自然だけでなく、
自分自身や、様々な物事でもそうだ、と気づいたからだ。
「自分を信じる」ことを
とても難しいことのように思ってた私は、
これまで何か勘違いをしていたみたいだ。
「止まっている」と思っていた。
「止まっている」ことが嫌だった。
とても不安だったんだけど、
ちゃんと「進んでいた」んだ。
なかなか芽が出ないと思っていても、
種はいつか花を咲かせるために
土深く根を広げ続けている。
普通は育ちにくい、
タイルの隙間であったとしても。
根を、土深く伸ばせば伸ばすほど
揺るがない、立派な花になる。
いや大木かもしれない。
生きてる限り、必ず進んでいる。
だから、喜びに変わる瞬間は、絶対に来る。
「自分を信じる力」
というのは、生きているもの、みんなに与えられた力だったんだ。
Mia
最近、「何でもない日」がとても好き。
何でもない日というのは
外へ出たり人と会ったりする予定がない日のこと。
そういう日はなるべく考え事はしないで、
ジャガイモの皮を黙々とむいたり
カーテンの裾を縫い合わせたり
ピアノを弾いてみたりする。
「無我夢中」になれることなら、何でも良い。
それをすると、自然と体調が良くなってくるので、
こういう時間をたくさん作ることが
自分にとって、とても価値のあることのように思う。
なんでだろう?と考えていたんだけど、
「時間の感覚がなくなるから」
だと気づいた。
集中しているときは
ただただ無心になって頭がからっぽのときもあるし
過去や未来のことをイメージしているときもある。
そして集中すればするほど
「時間」にとらわれてると感じられなかった
心の解放感を感じる。
豊かな気持ち・・・
自由な気持ち・・・
ときには、
頭の中で、行ってみたい街を想像してみたり!
突然、未来のビジョンが見えて、泣き出しそうになったり...!
色んな想いや、イメージを
頭の中で点のように、
断片的にみていることもある。
そのイメージの中を旅しているうちに
この時間を超える感覚って
もしかしたら、タイムスリップに近いんじゃないかな?
と思いはじめた。
なんだろう。
この先は、まだよくわからないけれど・・・。
それにしても、
この感覚は、音楽を聴いているときと似ている。
私が音楽を好きな理由のひとつかも知れない。
Mia
わたしは歌詞を書くとき
「本当の私」という言葉をよく使うけれど、
たまに分からなくなることがあって、自問自答してた。
「本当の私」って結局、なんだろうか。
毎日スマホを開くと、
たくさんの情報があって
たくさんの意見があって
たくさんの人がいる。
私はそれを見て、
目眩に襲われるけど、
1つ1つの意見には、
それぞれの立場になると
どれも共感できる要素がある。
そういうとき、いつも困っていた。
どれもこれも、
「私」にすることができるような気がして・・・
私ってなんだ?と思ってた。
でも最近やっと、
「本当の私」の本当の意味を、肌感覚で体感できるようになってきた・・・!
そして、この肌感覚は、あるものと同じだった。
それは「自然」・・・。
森の中にいるとき
海を見ているとき
自分がその景色と1つになり
溶けてしまうんじゃないかと思う瞬間がある。
とても心地よくて、無に近い。
そこに、「本当の私」というスポットがあった。
それは、
ただただ「成長したい」と思って
一生懸命生きている花にも似てるし、
清々しい朝を迎えた時の寝起きの状態にも似ている。
この心地よさのスポットこそが、
私の見つけた「本当の私」の正体でした。
「幸せ」というのは、「本当の私」である状態が、いかに長いか、
ということに尽きるんじゃないか・・・。
そう思ってからは
自然に生きるのが、一番いい。
そう思うようになった。
外側になにかを探すことをやめて、
現実に起こる「ありのまま」を受け入れることにした。
「ありのまま」=オリジナリティ
を受け入れることは、
「自分を信じる気持ち」を強く持つことにもつながる。
つまり、
最高の自然体=「本当の私」。
「私らしい生き方」に
やっと辿り着けたような気がする。
Mia
「自由になりたい」
この気持ちは、今の私の
生きるエネルギーそのものになってる。
なにか夢や目標が生まれるとき、
その気持ちは、大体が
「自由になりたい」という気持ちに繋がっている。
たとえば、
・自分の決めた時間に起きて、眠りたい時間に眠る
・幸せな人間関係を築く
・好きな洋服を好きなだけ買って、好きなように着る
とか...
でも、自由を得るためには、代償が必要だ。
本当の自由は、自分自身以外の
コントロールできないこと全てを
「手放す」ということだから。
たとえば、他人。
たとえば、SNS。
たとえば、社会。
これらは全てコントロールできない。
コントロールできないものをコントロールしようとすると、
苦しみが生まれるから、不自由になる。
だから自由というのは、「手放す」ということでもある。
手放すことは、時々とてもつらくて、
とても大変に感じることもあるけれど、
それを頑張った先には、ちゃんと得られるご褒美がある。
それは、自分の懐の「愛情」が
より大きく、深くなることだった。
これは本当に不思議だけれど、
自分の「自由」を広げれば
他人の自由も許せるようになる。
これに気づいたとき、
「自由」を得るための努力は、私にとって、とても意味のあることだと確信して、「自由」を思いっきり楽しめるようになった。
その自由を手にいれるためのコツも、不器用だった10代の時と比べたら、今はある程度、わかってきたように思う。
本当の自由を手にすること。
手にした自由から生まれる音楽を、全力でやっていくこと。
今の私が全力でやるべきことだと思う。
Mia