運輸省、国土交通省の経験談    なんといっても、関西国際空港の開港時平成6年でしょう。施設部の企画課長をしていましたので、すべてふりかかってきます。輸送船がひっくり返る、外国製部品があわない、暑い寒い苦情、てっぺんのガラスだれが拭くの、ねずみがでる、滑走路の草が枯れた、1万個のスーツケースのハンドリングテスト1個間違い、雷の瞬時停電、阪神代震災被害は、地震・雷・火事・親父すべて経験しました。横浜の第二港湾建設局では、東北・関東の港湾計画をすべて改定したので、毎晩12時帰宅でした。もちろん今回の東日本大震災のような大規模地震も想定していましたが、及びもつかないことでした。  楽しかったのは観光部です。リゾートの盛んなころで、全国の観光振興を考えるに、世界のいろんな事例を学び、知恵を絞るのですが、土地規制、免許、消防など阻まれることが多く、外国では自己責任が重いのですが、遊ぶにも苦労する日本だとつくづく思いました。  井上工業の経験談   銀行の頭取から、官民の温度格差はいかがですかと聞かれ税金と利子ですねと答えました。役所では、予算を使うばかりでしたが、民間は逆です。が、自由に何にでも挑戦することができます。高槻の採石場跡地で水耕栽培、そこでとれた「みつば」を使い建設会社なのに、ハーブのお酒を作ったり。もちろん、建設技術開発もおこたらず、地盤改良機の特許もとりました。大事なのはやはり技術です.