大阪、梅田。



高層ビルが軒を連ねるビジネス街と、
アーケード沿いに拡がる繁華街とが
雑多に絡み合う、関西屈指のターミナル。

駅前第四ビルから地上に出ると、
男は交差点を渡り、アーケードに向かう。
阪急東通りから御堂筋を跨いで、
細く伸びる商店街、お初天神通り。

かつて曽根崎心中の舞台になった、
露天神社が路地横から垣間見える。



大勢の人混みの中、男は歩いていた。
お好み焼き、居酒屋、ラーメン屋、
団体客の波が連なっている中で。

世間はクリスマス一色。
時代的にイルミネーションはなかったが、
ツリーやサンタの衣装は散見できた。
が、俯きがちな男の目には入らなかった。



1989年12月25日。
男は、会社の先輩女子に告白して、失恋。
クリスマスだったその日は、同時に、
その先輩女子の誕生日でも、あった。

仕事終わり、用意していたプレゼントを
他の社員に見つからぬよう呼び出し、渡し。


告白して。



ごめんなさい、と言われた。



好きな人がいて付き合っています。
うちの部署の部長です。
妻子ある人ですが、好きなんです。



そのあとは、よく覚えていない。

たぶん、会社のある堺筋本町から、
地下鉄で梅田に戻ったのだろう。
自宅のある西宮までの定期券があって、
乗継駅の梅田では、たまに途中下車する。

だが、本当に錯乱していたのか、
男はいつの間にか梅田にいたのである。



殆ど来た事もない梅田に来た理由は、
持って行きどころがなかった気持ちを
風俗に行くなりして発散したかったのかも
しれなかったのだが。
男には、そんな場所に連れて行ってくれる
先輩がいるわけでもなくて。

結局、来たは良いが何をするにしても、
知識が足らずにできない、そんな感じで。


ふと、アーケード街に向けて顔を上げると、
ギラついた原色のネオンが目についた。

『パチンコ アストリア』

誰に導かれるでもなく。
男は、寂れた店に入った。

クリスマスなのに、有線放送からは演歌。

家族や友人なんかと飲み食いする予定とは、
無縁な感じの客が散らばっていた。

男は、たまたま空いていた台の椅子に、
恐る恐る腰掛けた。



周囲の客に目をやる。
台の横にある、幅の狭い機械の上部に、
100円を入れて、玉を手で掬っている。
掬った玉は、台の上の穴みたいな場所に。

パチンコの知識は、明日のジョーとかで、
手打ちで玉を弾いて増やす的な。
漠然としたものしかなかった。
なので、ハンドルを握るだけで、
勝手に玉が打ち出される事に驚いた。

いつの間にか、失恋の事は頭になくて。
目の前にある機械の仕組みを考えていた。
たぶん、このデジタルの下にある、
ポケットみたいなのに玉を入れたら抽選。
デジタルが動く仕組みなんだろう。




デジタルが揃ったら…
どうなるんだろう?

1500円ほど、100円玉を入れた頃。
左右2つの同じ図柄が停まった。
真ん中の図柄が進んで行く。

手前で少しスローになって、揃った。

しばし、男は固まった。
え、これどうしたら。

「ここに玉を入れるんや!」

隣から、不意にハンドルを掴まれた。
見ると、台の中央の下の方が開いている。
玉は、少し軌道を変えながら、その口へと
吸い込まれて行った。

「そして、これを開けるんや」

台の下にあるプラスチックの蓋を
スライドさせると、そこから勢いよく、
予め置いてあった箱へ玉が流れ出した。



その、隣の親父さんは、色々教えてくれた。

玉箱がいっぱいになったら、台上のランプで
店員を呼ばなければならない事とか。
当たりにも種類があって、3と7以外は、
当たりの後、交換しなきゃならないとか。

交換のやり方から交換所の場所まで
一通り、教えて貰った。

交換すると、1万7千円ほどの金額に。






短時間でそんなお金が得られる事、
自分がまだ知らぬ、特殊な文化がある事。

失恋の気持ちは既に吹き飛んでいた。

男は、帰りの本屋でパチンコの雑誌を
数冊手に取り、買って帰るのだった。

初めて打ったパチンコの機種は、
奥村遊技のドリームXだと知った。
そして、様々な機種が世にある事も。


男の名は、平屋貎継(げいつ)。
年齢は20歳。
デザイン会社のワープロオペレーター。

ひょんなきっかけで始めたパチンコが、
人生の半分を超える付き合いになるとは
その時は、知る由もなかった。




『この素晴らしいスロパチに呪…祝福を』

第一話



『Boys Jump The Midnight』は80年代から
90年代にかけて活躍した日本のバンド、
ストリートスライダースの名曲の一つ。

当時、パチパチやシンプジャーナル、
ロクfなんかのコアな愛読者であり、
ジャパニーズロック大好きだった自分には
スタイル含めてどストライクなバンド。

レッドウォーリアーズやZIGGYと並び、
10代後半から20代前半の神バンドだった。
今観ても聴いても、尋常じゃないレベルで
カッコいいと思います◎