踏切の出来事をきっかけに思い出したこと。

それはもうあれから1年になりますが、3.11の震災。

東京でもすごく怖かったし、特に東北地方で被害が大きい所の方々を

思うとどれだけ怖かっただろうと思うくらいのでき事でした。

3.11の当日は震災で東北にいる友人の安否確認でひたすら電話したり、

都内でも大学時代の同級生と連絡を取り合ったり、

お互いの無事を確認し、また旦那のお義父さんの友人の安否確認で

ひたすら安全であることを祈っていたり、常に祈り続けていました。

3.11以降も原発の問題があり、これからどうなるんだろう、と

震えていました。前向きに、と考えてもなかなかそうはいかず、

とにかく日本復興のためにも経済をまわさなければならないので

働けるんだから働こうと電車が不安定の中、仕事にでかけました。

電車を待ってでもいいから、どんなに時間をかけてもいいから。

それは微々たる力かもしれませんが、自分にできることは

これくらいしかないのです。




そんな中、私の九州にいる人間は、


今日(3月12日)は家族で○○に温泉で~す♪、だの、

震災の次の日なんだけのお母さんと福岡にでかけて、だの、

私自身が被災地東京にいることを知っていて、

そして地震で帰宅困難者になっていたのを知っていてこの発言です。

人として呆れ、内心怒りに奮えました。

被災者ではない、他人事、九州にいれば地震がないから大丈夫、

だからと言ってこういう発言を被災地にいる友人にしていいのでしょうか。

私だったらできません。

震災の次の日に出掛けるのが悪い、と言っているのではありません。

震災を受け、不安定な日々を送っていた友人に対し、よくそんな発言が

できるな、と思うのです。


正直、デリカシーなさすぎ。


こういう人は気づかない内に他人を傷つけているんですね。

自分自身、そういう人間にならないよう、常に思いやりの心を

忘れないようにしたいなと、思います。

毎年、3.11を迎えるとこうした元友人の発言を思い出し、

自分の生き方について振り返り、反省、そしてまた1年を送って

行こうと思います。