前回に続いております!前回をお読みになっていない方は、先に前の投稿をご覧ください。
間の溝がもはや渓谷と化している親子関係!迫りくる卒業式!さあ、私はどうなってしまうのか〜〜
……はい。
このときの親子関係は、険悪、最悪という言葉を冠するにふさわしく、一日に会話をするのは朝に学校に行くかどうかのみで、学校に行かなかった日は、ご飯を食べるときですらまったく会話しませんでした(嫌味は言われた)。ただ、学校に行った日は母の周りに漂う雰囲気も穏やかで、雑談も少ししていたように思います。その母の様子の変わりようは、私の学校に行かなければという義務感に拍車をかけていました(義務ではあるのですがね…)。
次に、父と弟との関係も話したいと思います。父とは仲はそこそこ良く、彼なりに育児にも参加していたと思います。父は母よりも感性が私と弟に近く、たまにゲームをしたりして遊んでいました。私には何故か父親への嫌悪感というものがあまりなく、洗濯物一緒にしないで!とか部屋に入らないで!のようなわがまま?を言うことがなかったので、当時も今も、父娘ともに良好な関係を築けていると思います。
最後は弟との関係についてです。私には4歳年の離れた弟がいるのですが、親密度が限界突破していると言えるほど仲が良く、弟が小学六年生になる今でも、ふざけ合ったり遊んだりしています。私が小学生の頃は、弟に漫画を描いていたり、その漫画のキャラを使ったカードゲーム(これがまあまあ楽しい)も作り、それで遊んだりもしていました。当時はゲームでの交流が多く、私にとっては、少し年下の友達がいるような感覚でした。
さて、そんな風蜜家ですが、やはり家族同士の対立もあります。特に母と父は、私のことをよく話し合っており、価値観が合わないのか、よく口論に発展していました。2人の価値観としては、母は私の社会性を重視していますが、父の注目は私の人間としての成長よりも、勉強面に向かっているといったような感じでした。父は根っからの理系で頭もよく、勉強さえできていれば何とかなると思っており、母は勉強は後回しで、学生の今は社交性を身につけるべきだという理論を持っていました。どちらの話にも一理あり、最後には私の意思に従おうという話になったのですが、その私が「生きてればなんでもよくない?どっちも大切じゃな〜い?」という曖昧すぎる考え方だったので、風蜜家の方針は定まらず、宙ぶらりんの状態になっていました(子供の不登校という問題には家族が一致団結して考える必要があるのですが、私を含むその家族の方向性がバラバラなため、問題を抱えたまま時だけが過ぎていく、最悪のルートを進むことになりました)。
何も決まらず、運動会、修学旅行にも参加しないまま時が流れ……とうとう小学生時代も終わりを迎えます。当時の私は小学六年生の勉強をまったくせず、欠席日数も全体の半分以上を占める状態でした。海外なら留年一択なのですが、残念、ここは日本です。そんな半端な状態のまま、中学校に出荷されることになりました。
さあ、社会性も勉強も雑魚の私は、中学校に入ってどうなってしまうのか!
それと、毎日投稿のペースでやっていくとネタ切れになる未来しか見えないので、少し間隔空けることにします!
またどこかでお会いしましょう!