あの虹橋を渡って | 毎日、ぼ〜っと生きていたい ー五十路のキモチー

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飽きっぽく、器用貧乏典型なB型。
このブログも続くのか……?

レインボーブリッジ、見たことある?



もちろん、あります。

車で通ったこともあります。



現在、友達が

レインボーブリッジのご近所さんで、

某知事の発案で

この巨大な橋が

都民向けての掲示板化した時、

赤く染まる瞬間を

動画に撮って送ってくれました。

なかなかのインパクトでした。


テレビで見た

都庁も負けてませんでしたが、

コッチに関しては

友達が一生懸命

実況中継してくれたので、

格別でした。


最初に

赤く染め上げられた

レインボーブリッジを見た時は

軽く鳥肌が立ちました。

これからどうなるんだろう、と

不安が込み上げて来たのを

はっきりと覚えています。


その不安も

意外とあっさり

レインボーブリッジが

七色に戻った時に

霧散しましたが。




今思い返しても、

アレは何だったのでしょうか?


意味が無かったとは言いませんが、

意味があったとも言い切れません。


知事選前の

壮大なパフォーマンスでした、

と言われたら

割と素直に受け入れます。

受け入れやすいです、むしろ。




桜が咲く前から、

世界中を暗い影が覆い始めて

その影に飲み込まれまいと、

みんなが必死になって足掻く中、

我が国の政治家さん達は

一体何をなさっているのでしょう?


真っ先に、

昔懐かしい

給食マスクを配ってみたり、

給付金配布を丸投げしたら

ごっそり中抜きされちゃったり、

忙しいのに

手書きでの書類を要請したり、

巨大な橋やビルを、

色んな色で染め上げてみたり、

旅行に行けと言ったり

家に居てと言ってみたり、

チグハグちぐはぐ、

そもそも歯車は

合わないように作ったのかしら?

と思わせる。


NHKの国会中継を見ながら、

もっとやる事あるだろう!

と、正直何度も思いました。

今も思ってます。


色々な政策が

全て無駄とは言いません。

派手にぶち上げた政策に限って、

ポンコツ度が高いという

マーフィーの法則が

成り立っているだけでしょう。


有権者として

皆さんを選んだ責任があるから

容認もするしか

従いもしますが、

限度ってあるんです。

堪忍袋の緒が

音を立ててブチ切れる前に

是非素敵なアイディア

お願いしまっす❤️




それにしても

都庁が1988年(昭63)、

レインボーブリッジが1987年(昭62)に

それぞれ着工し

1990年(平2)と1993年(平5)に

竣工している

昭和の終わりから

平成の初めにかけて、

潤沢な資金を投入して

贅沢に作り上げた

レインボーブリッジと都庁ビル。


その2つが

令和の時代に

巨大な掲示板の役割を

果たすことのなろうとは、

誰一人

予想しなかった未来だろう。


そうだ。

未来は予想できないものなんだ。


今は暗い迷路の中で

目の前すら見えなくても、

きっと出口はあるし

なによりも

どんなに小さくても

希望がある。


天気が良ければ

洗濯物が早く乾く希望があるし

雨が降れば

過ごしやすくなる希望がある。


大きなものはすべて

小さなのものの集まりだ。


小さな小さな希望を集めれば、

大きな大きな希望にきっとなる。


そう信じてるから

下を向かずに歩いてる。


走り出す事は

まだしんどいけど、

今は足にチカラをためて

いつかくる日に備える時だ。


さあ、明日からも

下を向かずに前を向いて、

時々上を見ながら

流れる涙をグッと堪えて、

ついでに流れ星なんか

探してみたりしながら、

小さな希望を

両手いっぱいに集めて行こう。


いつの日か

みんなで笑って

あの虹橋を渡れるように。





八咫烏のヤタさん。
※本文とは、あんまり関係ありません。


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