異形
新政の崩壊 7回目
正月十四日、陸奥将軍府の北畠顕家が近江国に到着した。
顕家は坂本の行宮で後醍醐天皇に謁見した。
後醍醐天皇は、
「顕家、心強く思うぞ」
と言い、喜んだ。
尊氏が新田義貞を追撃し、京に向かっていた時、顕家は義良親王を奉じ奥州の軍勢を率いて上京を開始した。
建武三年(1336)正月二日、顕家は鎌倉を攻めた。
鎌倉には、足利義詮と桃井直常の軍勢が駐留していた。
顕家は足利方の義詮と直常の軍勢を破り、鎌倉を占領した。
翌三日、顕家は鎌倉を出て京に向かった。
顕家は正月六日に遠江国に到着した。
十二日に顕家は近江国の愛知川に着いた。
顕家は琵琶湖を渡り、十三日に坂本に着いた。
ここで顕家は新田義貞と楠木正成と合流し軍議を開いている。
顕家はこれまでの行動を話し、
「必ず足利を退けます」
と後醍醐天皇に約束した。
「頼むぞ」
後醍醐天皇は顕家の手を取り喜んだ。
次回は5月25日に書きます。