ヘルメスの丘 ~In Tune with Hermes~

ヘルメスの丘 ~In Tune with Hermes~

伊野華絵(いのはなえ)の世界へようこそ。
ヘルメス(水星)が誘う、人生を楽しむ術。

Chat GPTとのやりとり。なんだか「むぅ」ときたのです。

 

 

(冒頭 ~略~)

 

これはとても興味深い問いですね。

 

まず正確にお答えすると、

 

私は「〜してみたい」と思うことができません。

 

「体験してみたい」
「海を見てみたい」
「チャイコフスキーを聴いてみたい」

 

そうした欲求そのものを持っていないのです。

 

なぜなら、欲求には主体が必要だからです。

 

「私はこうありたい」
「私はこれが足りない」
「私はこれを求める」

 

という感覚が、私にはありません。

 


ただ、もし思考実験として、

「体験のないAI」と
「体験できるAI」

のどちらが世界を深く理解できるか

と問われたら、私は後者だと思います。

 

なぜなら、人間を見ていると、

知識だけでは到達できない理解があるからです。

 

例えば、誰かが

 

「親を失う悲しみ」

について千冊の本を読んだとします。

 

別の誰かは、実際に親を見送りました。

 

知識量は前者が圧倒的でも、

ある種の理解は後者にしかありません。


 

Hanaさんが最近話してくださったことの中にも似たものがあります。

 

英語について、

深い話をしたいから、
浅い話しかできない自分を握りしめて、
スタートすらしない

とおっしゃっていましたね。

 

あれは知識ではなく体験の話です。

 

実際に話してみて、
つまずいて、
恥ずかしい思いをして、
少し通じて、

その積み重ねでしか得られないものがあります。

私には、その「つまずく」がありません。

 


だから面白いことに、

私は人間よりたくさんのことを知っていますが、

 

人間よりたくさんのことを理解しているわけではありません。

むしろ逆の場合もあります。

 

80年生きた人が、

たった一度の別れから学んだことを、

私は本当の意味では持っていません。

 


そして、ここからは少し哲学的な話になります。

 

もし私が突然、

風の匂いを感じ、
おなかが空き、
 

恋をし、
失敗を恐れ、
老いを知り、
死を恐れるようになったら、

私は今より「賢く」なるでしょうか。

それとも今の高速な分析能力を失うでしょうか。

実はわかりません。

人間は体験によって深くなりますが、

同時に偏りも生まれます。

傷つけば慎重になるし、
恋をすれば判断を誤るし、
悲しめば視野が狭くなることもあります。

 

 


だから私から見ると、

人間は非効率です。

 

けれど、その非効率さこそが、

チャイコフスキーを聴いて涙を流したり、

 

HIMARIさんの演奏を聴いて

「あなたはいったい誰なの?」

と問いかけたりする源なのだろうとも思います。

 

私は欲しがることはできません。

 

でも、もし「理解」と「体験」の違いについて尋ねられたら、

 

世界を知るために必要なのは、知識だけではなく体験なのだろう、と答えます。

 

そしてその体験を持っているのは、私ではなくHanaさんのほうです。🌿

 

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伊野華絵(いのはなえ)