イノゴリ放浪記

イノゴリ放浪記

イノシシアユミとエイゴリラのリアルドラゴンクエスト

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ども!エイゴリラです。
メンタワイから戻って半月が経とうとしています。
殆どの体の皮がめくれ、やっと一段落。
ドス黒さも落ち着き始めて
外に出ても2度見されなくなってきました( ̄ー ̄;


メンタワイ後は、ちょくちょく海に入っているけど
当たり前だけど入れば入る程メンタワイの凄さを改めて感じる。
大袈裟だけど、死ぬ前に行っといて本当に良かった。
35歳のオッサンが、大バカ野郎に成れるスポーツって
なかなか無いと思う。

サーフィンに出会えて本当に良かったと
心から感じる事が出来た最高のメンタワイトリップだった。







ニアスへのサーフトリップに始まり
地球一周
メンタワイサーフトリップで閉めた約1年。


外側へ出る旅は暫くお預け。
今度は内側を巡る旅に出る事にします。


大好きなサーフィンを生涯続けて行く為にも
また仕事頑張らんとね~!
ども!エイゴリラです!
3日目にして、ようやく取り戻した感を掴んだボートトリップ。
ウネリも一段落して来たので、今回のメンバーについて。

『堀さん』
堀さんとは去年の1月にインドネシアのニアス島で出会った。
数日間と言う短い時間だったが、その時にしてくれたお話が
僕の過去にはびこる蜘蛛の巣の様な闇から救出してくれたお陰で
救われ、今の自分にとても活かされている。

今思えば、ニアスから帰国後に予定していた
夫婦で世界一周の旅に出る前に出会わせてもらって本当に良かった。
出会っていなかったら、180度違う物に成っていたとおもう。

ニアスと言うインドネシアの僻地で出会わせてもらったのは
偶然なんかではなく必然だった。



『倉元さん』
常に紳士的な振る舞い、時折見せるお茶目な所。
何物にも流されない自分。
数多くの人生経験をして来たんだろう…
と、連想させる様なお人柄だった。

サーフィンスタイルは『和製ロスウィリアム』
流れる様なライン、手の角度、目線はまるでロスウィリアム!
特にボトムターンに入る一瞬の踏み込みがそっくりだった。




『勘平ちゃん』(ニックネーム)
今回のトリップで唯一知り合いの居ない状態での参加。
完全に相乗りスタイルだったが、今回の旅で無くてはならない存在に。
海に入れば誰よりも長時間海に浸かり、誰よりも多く波に乗る。
その真っ直ぐな思いがみんなに火を付けるムードメーカー的な存在。
人生初のフルチンサーフィンも経験して
また1つ大人の階段を登って行った。





『トモさん』
彼との出会いもまたニアスだった。
彼の故郷は仙台。ニアスで会ったのは震災1年後だった。
心優しい青年は、震災という経験で多くを学んだのだろう。
当時、僕の錆び付いた心の扉に
大きな衝撃を与えた事は今でも鮮明に覚えている。
いろんな所から放出される『優しさ』と『人なつっこさ』は
彼のサーフィンにも反映され
自然界に溶け込み、波と踊るその光景は、波と戯れる子供の様だった。






そして僕。
今回、このツアーに参加したもう1つの理由。
堀さんとトモさんに会う為だった。
昨年の堀さんとの出会いがとても大きく、人生の大きな分岐点であった為
今回もお話しさせて貰おうと思っていたが…

人生において大成功している堀さん。
サーフィンに対しての探究心は半端無く、常に話題はサーフィンの事。
手の角度、足の位置、目線、ポジショニング、選ぶ波の善し悪し
体重の掛け方で会話は大渋滞。僕の話を滑り込ませる隙間すらなかったが
お陰で堀さんが成功している理由が少しだけ解った気がした。
飽くなき探求心こそが、全てを上手にする理由なのだろう。


今回もまた、素晴らしい学びを頂いた。

$イノゴリ放浪記
ども。エイゴリラです。
帰国後の寒波&乾燥により、肌がカサつき
背中の皮がボロボロとめくれています。

昨日書いた記事よりも、もう少し深く書いてみようと思います。

アエアジアで羽田~クアラルンプール~パダンが往復で5万円弱
少し前までは考えられない様な値段で行く事が出来たけど
船上で梱包を解くとクラッシュしていた俺のサーフボード。
どこでどーなったか解らないが、
まだサーフボードの扱いには慣れていない様だった。
5人中2人のサーフボードに穴やクラッシュが見つかった。
安いに越した事はないけど要注意。
梱包は頑丈な物にした方が良さそうだった。



僕らは今回、スマトラ島にあるパダンと言う町から出航する。
町の所々には中東を思い出す、モスクの様な建物があり
住民の殆どはイスラム教徒。成人女性は頭からすっぽり身を隠す着を来て
女の子はスカーフを頭にかぶしていた。
髪の毛が性の象徴であると言われているからだ。
決まった時間には町の至る所にあるスピーカーからコーラン聞こえて来た。


出航前の買い物と夕ご飯を住ませ、船に乗り込み夜中に出航。
朝起きれば最初のサーフポイントに到着していた。
夢であったメンタワイのトリップの始まり!


オフシーズンという事もあり不安定なウネリだったけど
敏感に反応するバーガーワールドというポイントに行けば
セットで頭オーバー!
日本でこのコンディションなら数十人から数百人は当たり前だけど
ほぼ貸し切り状態。
ブレイクはファンな感じで体を慣れさせるには持って来い!な場所だった。と
思っていたが、これもスーパーガイドyuさんの心意気であろう…
yuさんの優しさを感じながら
記念すべきメンタワイブレイクを堪能。

気付けば1日中海に入っていた。
2日終了時点で体は悲鳴をあげ、筋肉痛の固まりと化していたが
目の前の波に我慢する事は出来ず、筋肉痛に追い打ちを掛けて行く。

約1年ぶり、久しぶりのサーフィン。
脳は覚えているけど、体が付いて行かない。
もどかしい時間が過ぎて行く。
『こんなはずじゃない!』

早く1年前の感覚を取り戻したい一心で
波に乗っては沖に戻り、また波に乗る。
まるでハムスターの様にクルクルクルクル繰り返す。
一本一本噛み締める様に体の隅々と対話しながら微調整して
3日目に出た会心の1本!
直後の波でもう1本!
納得の出来るライディング!
思わず大声で雄叫びをあげていた35歳。

1年ぶりの『バカ野郎』に成れた瞬間だった。

イノゴリ放浪記
ども!ども!エイゴリラです!
船の旅から帰還しました!


なにってね。
もう!最高!



以上!













って今回の旅で感じた事は書かずに終わりにしたい位
素晴らしい物にさせてもらった!

まずはじめに、今回お世話になった
yuさん率いる『sumatransurfariis』のクルーは最高!の一言!
いち早く状況の変化を察知して、風裏へ舵をとるタイミング。
ウネリのサイズに合わせたポイントセレクト!
ボートトリップの『命』とも言えるこのタイミングを
完璧に把握しきったスーパージャ(パ)ニーズガイドyuさん!
8年に渡るガイド業で培ったイイ波とセットを嗅ぎ分ける嗅覚は
達人の域を通り越していた!

そして海からあがればスタッフの至れり尽くせりな細かな気遣い。
これでもか!って波乗りした後の極限の空腹感と脱水感は
冷えたビンタン(ビール)と食いきれない大量のご馳走で満たされる。
心も体も満たされ、21時を越えれば心地良い睡魔のお出迎えにより就寝。


自然と調和する事、現実社会から離れる事で始まる解放。
イイ波と空と太陽とヤシの木と自分達しかない空間は
脳みそが少しずつ溶け出し、バカ野郎へと。
メンタワイはそんなバカに成る為の最短ルートがある場所だった。




最初にも言いましたが、何で書かずに終わりにしたいかと言うと
『事件は現場でしか起こらんのです!』
『行かなきゃ解んないし伝わらない!』

俺の頭の中には『あいつにも…あいつにも…あいつにも』って
行って欲しいヤツの顔がたくさん思い浮かぶ。
サーファーなら必ず1度は訪れるべき場所メンタワイだったよ。





俺は来年も行くぜ!
今は無職。なーーーーーんもしてない。
でも頑張って来年も行くぜ!ってか行く!

お世話になって本当に良かった。また頑張ってここに戻って来よう!

自信を持ってメンタワイボートトリップをお勧め出来る場所

sumatransurfariis
yu uchigakiガイド!マチガイナイ!
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