今日は大国魂神社。
初詣なんかで何回か行ったことあるので
羊よりもずっと身近。
まず、祭ってある神様は大国魂大神
出雲の大国主命と同じなんだそうな。
起源は西暦の111年‥ 1900年も昔だ‥
アメノホヒという神様の後裔が国造として任じられて代々続いていたという伝承があるんだそうな。
大化の改新で社内に国府が置かれて、武蔵総社になると。
社伝とはいえ、1900年も前というのはすごい。
大化の改新からだって1400年くらいある。
ちなみに国造だけども
大化の改新の前は、国の長 その国の一番偉い人だったけれど
大化の改新以後は、世襲制の名誉職で、祭祀を司る人。
有名なのは出雲の国造さんで、こちらもアメノホヒという神様の後裔です。
びっくりするのは、今現在も出雲の国造さんは、このアメノホヒの後裔の方が
務めてらっしゃるらしいのです。
本殿は都の重要文化財。
記録では、源頼朝がこの本殿に奉納してるから1180年よりも前からあったと。
その後焼失して、今のかたちになったのが徳川家綱の時代。
昭和40年に台風で倒壊して43年に修復と。
拝殿は明治時代にできた。
他に松尾神社、東照宮、巽神社、住吉神社、大鷲神社、みやのめ神社、神戸稲荷神社、坪宮が
摂末社としてある。
摂末社とは、本社とは別にその神社で管理されてる小規模な神社のことだそうな。
摂社と末社があって、摂社はその神社の神様と縁のある神様で
末社は関係ない神様だそうです。
格式は、本社、摂社、末社の順になってます。
なるほど。
で、大国魂神社の場合
摂社は、みやのめ神社、坪宮の二つで、後は末社なんだそうな。
みやのめ神社に祭られてるのは、アメノウズメという神様で
有名な天岩戸の神話で、岩戸に隠れた天照大神の前でおどりをおどった神様。
笑い声に釣られて出てきちゃったって話の。
そういうことで、芸能の神様として信仰されてる。
それと、安産の神様
どうして安産の神様なのかよくわからないけど、
源頼朝の奥さんの北条政子が安産祈願をここでしたからなのかもしれない。
赤ちゃんを抱いた女性の絵馬が並んでるらしい。
それで願いが叶うと、お礼に底の抜けたひしゃくを贈る風習がある。
どうしてなんだろう?
天岩戸のときに、桶を逆さまにしてその上で踊ったから?
坪宮は、境外摂社で、ちょっと離れたところにあります。
なので、ここは覚えない。
次は末社で
松尾神社は、たぶん京都にある松尾大社からきてるんだろう。
松尾大社に祭られてる神様は
大山咋命と中津島姫命らしいけど、ここでは大山咋命だけみたいだ。
大山咋の咋は杭のことで、大きな山に杭を打つ神、大きな山の所有者の神様ってことらしい。
古事記では、のちの比叡山である日枝山の松尾に鎮座して、鳴鏑を神体とすると記されてるそうな。
鳴鏑(めいてき・なりかぶら)とは、射ると大きな音を出す弓矢のことらしい。
比叡山に延暦寺ができてからは、比叡山の守護として、比叡山の王という意味で山王と呼ばれ
その比叡山、天台宗が興した神道を一派を山王神道と言って
後に南光坊天海が山王一実神道と改めます。
なんで仏教僧が神道を興しちゃうなんて日本の宗教史は複雑です。
あの太田道灌が歓請して東京の有名な日枝神社を建てまして
江戸時代には徳川将軍家の氏神、明治以降は皇居の鎮守とされたそうです。
比叡山の麓の日枝大社が全国の日枝神社の総本社で、後に大物主命が歓請されて
大物主命を大比叡、大山咋命を小比叡と呼び、二神の総称を山王と呼ぶことになりましたと。
~山王とか、ときどき聞くけど、そういう意味だったんだ‥
なにしろ、大物主命ってのは、名のとおり大物なんですね。途中からきたのに大比叡だもの。
で、実はこの大物主の命は、大国主命の別名だとか、大国主命の和魂だとか言われてます。
和魂(にぎみたま)というのは、幸魂(さきみたま)と奇魂(くしみたま)と二つあって
良い運気を運んでくれたり、奇跡で人々を幸せにしたりと、なにしろよい魂のことらしいです。
でもでも、この大物主命は、すごい祟神だったりします。
崇神天皇の時代に疫病を流行らせたりしちゃいます。
その祟りをおさめるために、奈良県の三輪山に大物主命を祀ります。
そうなると
大国主命の和魂だっていうのに、大物主命にも和魂と荒魂(あらみたま)とがあることになります。
どういうことなのか、まったくわかりません。
なにしろ松尾神社の大山咋命と、大国魂神社の大国主命は一応、関係はあるみたいですけど
その程度じゃ末社みたいです。
それと、この大山咋命は、開拓と醸造、お酒とか味噌とかお醤油とかの神様なんだそうです。
大きな山に杭を打つとかあるので、たぶん開拓なんだろうと思います。
醸造は、酒造の技術を伝えた帰化人の秦氏が氏神にしたからで
寛政12年(1800年)江戸時代です。武蔵の国の醸造家が懇請により勧請されたそうです。
巽神社は
これ、たつみ神社って呼びますけど、巽は方角です。辰巳の方角、今でいう南西ですかね
本殿から南西にあるから巽神社で、大阪とか地方にある巽神社からの勧請とかじゃないみたいです。
ここの神様は市杵嶋姫命(いきちしまひめのみこと)
全国の市杵島神社はこの市杵嶋姫命を祀っています。
有名な厳島神社もこの神様です。いちきしまといつくしま。
この神様は水の神様だそうで、後に弁天様、弁才天と習合します。
ちなみに、天のつく仏様、弁才天とか毘沙門天とかはインドからきた神様のことらしいです。
もともと弁天さまも古代インドでは水の神様だったらしいですけど
河を流れる音から連想して、音楽の神様、学芸の神様だったらしく
そんな関係で、弁の才のある神様で弁才天と。
ところが音が似てるので、弁財天にもなって、有名なのは鎌倉の銭洗弁天です。
もうだいぶなんでもありの神様になっちゃいました。
いや、神様なのか仏様なのかもよくわかりません。
実は、松尾神社で書いた松尾大社の中津島姫命は、この市杵嶋姫命の別名らしいです。
異説もあるみたいですけど。
だから松尾神社に中津島姫命がいなかったんですかね?
次は住吉神社と大鷲神社ですが
大国魂神社のHPを見ると、同じところというか1つになってまして
実際、1つなんですかね?というか、神社一緒にしちゃっていいのですかね?
まぁ、神社がそうしてるのだからいいんだろう。
住吉神社は大坂の住吉大社から分霊されたもので
住吉三神といわれる3柱の神様が祀られてます。
中筒男命・底筒男命・表筒男命で三神です。
住吉(すみよし)の吉は、大吉だ末吉だの吉兆を意味するんじゃなく、昔これは(え)だったそうで
すみのえと読んだそうです。澄江、澄んだ入り江のことです。
そういうことで、住吉三神は海の神様、航海の神様なんだそうです。
それと、神様の名前の筒は、星のことらしく
3つの筒はオリオン座の中心の三ツ星のことで、
航海のとき目印にしていたので神格化されたって話もあります。
ちなみに、住吉大社の境内末社に大国主さんが祀られてます。
それと、住吉大社は伊勢神宮みたいに式年遷宮という伝統が残ってます。
今は30年おきに改修するだけみたいですけど。
大鷲神社はおおとり神社と呼ぶのかな
祀られてるのは大鷲大神(おおわしのおおかみ)ですけど
大鳥神社・鷲神社・大鷲神社で(おおとりじんじゃ)ってなってますから
きっとそうなんでしょう。
ヤマトタケルが亡くなった後、白鳥になって飛んでいって最後に降り立ったのが
大坂の大鳥大社で、それと同じだとするなら
大鷲大神はヤマトタケルのことなのかもしれません。よくわかりませんが。
有名な酉の市の行われる神社です。
熊手を買って、手締めとかそういうやつです。
熊手は鷲が獲物を掴むときの手をイメージしてるらしいです。
福徳を鷲づかみにするって意味らしいです。
熊手は年々大きくしていくものらしいので、最初から大きいの買っちゃうと大変です。
買うときは、ちゃんと値切りをして
値切った分をご祝儀としてお店の人に渡す。定価で買うのと同じ分払うことになりますけど
それが通の買い方らしいです。
そのご祝儀をお店側が受け取ると、手締めが発生するのだそうです。
なにしろ、商売繁盛、開運の神様なんだそうです。
東照宮はご存知、徳川家康です。
二代将軍の徳川秀忠によって造営されました。
「八州の鎮守となる」と、家康は遺言してますから、
日本の平和を守る神様ってことになります。
ちなみに市杵嶋姫命が弁才天のように
神様の正体とされる仏様のことを本地仏というらしいですが
徳川家康も神様になって、東照大権現と呼ばれますけど
その東照大権現の本地仏は、薬師如来です。
薬師如来は名前の通り医薬の仏様です。
徳川家康も医薬に通じていて、司馬遼太郎が言うには、
日本ではじめて運動が健康によいと知った人物かもしれない、と。
家来に石鹸を使わせて感染症を予防させたりと、いろいろ逸話はあります。
たぶん、そういうところから薬師如来なんでしょう。
またまた、ちなみに
徳川家康を神様にしたのは、松尾神社のところで出てきた南光坊天海で
山王神道、大山咋命と大物主命・大国主さんの二神をあわせて山王ってやつです。
その山王神道を天海が改めた、山王一実神道により日光東照宮に祭祀されました。
調べてみればなかなか面白い繋がりがあるものです。
最後は、そこらじゅうにある、と言ったら怒られちゃうかもしれませんが
稲荷神社です。
なんと日本で二万社とも三万社とも言われてます。たしかにそこらじゅうにあります。
もちろん総本社はたくさんの鳥居で有名な、京都の伏見稲荷大社です。
僕も行きましたけど、異世界のような雰囲気があって、
結構、惧れを感じたりもします。神秘的ですごく好きな神社です。
祀られてるのはウカノミタマという神様で
穀物の神様だそうです。
ここも秦氏の氏神様。
秦氏は太秦が本家で、伏見稲荷のある深草は分家らしいです。
本家が松尾大社で、分家が稲荷大社なんですね。
江戸時代には「火事 喧嘩 伊勢屋 稲荷に犬の糞」と、言われたくらい
江戸に多いものだったらしいです。
江戸時代は石高制だし、
士農工商ですから、穀物・農業の神様はとても大事にされてたんでしょう。
それと、お稲荷さんは屋敷神でもあります。
デパートの屋上とか、ビルとビルの間とか、お屋敷の敷地内にある神社は
たいがいお稲荷さんらしいです。
ちなみに、伊勢屋が多いのは、それだけ伊勢商人が江戸に流れてきたからで
大きな港があったことと、木綿を手に入れやすい地域だったこととか
いろいろ理由があるそうです。
有名な伊勢屋は、デパートの伊勢屋丹治呉服店、伊勢丹ですけど
創業は明治だったりします。
江戸期の最も有名な伊勢商人は、三井財閥の基盤を築いた三井高利ですけど
屋号は越後屋です。
稲荷神社は狛犬のかわりに狐がいますけど
稲荷の神様のお使いなんだそうです。
大好物は油揚げで、油揚げを使った料理を稲荷と呼ぶのはここからだそうです。
だけども、狐はあくまで稲荷神の使いであって、狐じたいが稲荷神ではありません。
あと、伏見稲荷と同じくらい有名な豊川稲荷ですけど
豊川稲荷は神社じゃなく曹洞宗のお寺です。
祀られてるのは荼吉尼天です。
この荼吉尼天は鎌倉時代の頃に、性愛を司る神様とされまして
真言密教立川流という宗派が祀ったんですが
ドクロを崇めて性交をすることで成仏するという
話もありまして、邪教扱いで弾圧されてしまいます。
性交といいますと、大国魂神社では
くらやみ祭りです。
もちろん、今は普通のお祭りですけど、
その昔、お祭りの期間の夜は
集落一体が火を消して、雨戸を開けっ放しにしておかなきゃいけない。とか。
夜這い祭りとも呼ばれたのだそうです。
司馬遼太郎の燃えよ剣にもでてきます。
ただ、その夜這いのために夜にやってるわけじゃなくて
貴いものを目で見ることは許されないっていうところから、真っ暗な中でやるのだそうです。
あとは、大東亜戦争の忠魂碑や日露戦争の記念碑があります。
馬場大門ケヤキ並木ですが、これは天然記念物に指定されてます。
馬場の馬場は、軍馬を養ったり騎乗の練習をするところのことらしいです。
起源は約1000年前、源頼義・義家父子が1000本を寄進したという話があります。
現存してるケヤキを鑑定したところ
推定で600年以上、ケヤキの成長不良を考えると、900年以上もあり得るそうです。
もしかすると本当に源頼義・義家父子が寄進したものかもしれないです。
最後に、祀られてる大国魂大神、大国主さんですけれども
大国主さんと言えば、出雲大社です。
同じ神様を祀ってるので似てるところも多いです。
国造、宮司さんですけど、アメノホヒの後裔だったり
しめ縄は、太い方が右なんですけど、左が太い方で
逆になってます。
ただ、参拝方法は、二拍手です。
出雲大社は四拍手。
しめ縄が逆なのは、大国魂神社の禰宜さんの話では、社殿が北向きだからだそうですけど
北向きの社殿は、結構珍しいらしいです。
ちなみに出雲大社の社殿は南向きです。
他に北向きというと、伊和神社なんかもそうらしいです。
鶴石の伝説があるので北向きらしいですが
祀られてるのは伊和大神、大己貴神で、大国主と同じらしいです。
大国主の国造りが終わったの、「おわった」が「いわ」になって、いわ神社という説があるらしいです。
調べてみたところ、しめ縄が逆だという話はないです。
他にしめ縄が逆のところを調べると
大神神社なんかもそうです。
大神神社は三輪山をご神体としてるので本殿がありません。
三輪山といえば、大国主さんの和魂だという大物主さんが祀られてるところです。
崇神天皇の頃に疫病を流行らせたりした神様です。
巨大なしめ縄といえば、熊野大社と諏訪大社ですが
熊野大社はスサノオさんです。
スサノオさんは天照大神の弟ですが、子孫が大国主さんです。
諏訪大社は大国主さんの子供のタケミナカタさんです。
国譲りのとき、反対してタケミカヅチさんに諏訪まで追われてしまいました。
しめ縄は、天岩戸が起源だそうで
踊りに釣られて出てきた天照さんが、二度と岩戸に隠れないように
岩戸の入り口を封印するために締めたとか。
神社のしめ縄は、不浄なものが入らないようにするという意味らしいです。
要するに、結界みたいなものなんでしょうか?
すると、よく言われてるように、逆のしめ縄は神様の封印なんでしょうかね。
そうなると、出雲系といわれる神様のしめ縄が大きかったり逆だったり
なんとなくわからなくもないです。
大国魂神社、そんな感じでしょうか。
初詣なんかで何回か行ったことあるので
羊よりもずっと身近。
まず、祭ってある神様は大国魂大神
出雲の大国主命と同じなんだそうな。
起源は西暦の111年‥ 1900年も昔だ‥
アメノホヒという神様の後裔が国造として任じられて代々続いていたという伝承があるんだそうな。
大化の改新で社内に国府が置かれて、武蔵総社になると。
社伝とはいえ、1900年も前というのはすごい。
大化の改新からだって1400年くらいある。
ちなみに国造だけども
大化の改新の前は、国の長 その国の一番偉い人だったけれど
大化の改新以後は、世襲制の名誉職で、祭祀を司る人。
有名なのは出雲の国造さんで、こちらもアメノホヒという神様の後裔です。
びっくりするのは、今現在も出雲の国造さんは、このアメノホヒの後裔の方が
務めてらっしゃるらしいのです。
本殿は都の重要文化財。
記録では、源頼朝がこの本殿に奉納してるから1180年よりも前からあったと。
その後焼失して、今のかたちになったのが徳川家綱の時代。
昭和40年に台風で倒壊して43年に修復と。
拝殿は明治時代にできた。
他に松尾神社、東照宮、巽神社、住吉神社、大鷲神社、みやのめ神社、神戸稲荷神社、坪宮が
摂末社としてある。
摂末社とは、本社とは別にその神社で管理されてる小規模な神社のことだそうな。
摂社と末社があって、摂社はその神社の神様と縁のある神様で
末社は関係ない神様だそうです。
格式は、本社、摂社、末社の順になってます。
なるほど。
で、大国魂神社の場合
摂社は、みやのめ神社、坪宮の二つで、後は末社なんだそうな。
みやのめ神社に祭られてるのは、アメノウズメという神様で
有名な天岩戸の神話で、岩戸に隠れた天照大神の前でおどりをおどった神様。
笑い声に釣られて出てきちゃったって話の。
そういうことで、芸能の神様として信仰されてる。
それと、安産の神様
どうして安産の神様なのかよくわからないけど、
源頼朝の奥さんの北条政子が安産祈願をここでしたからなのかもしれない。
赤ちゃんを抱いた女性の絵馬が並んでるらしい。
それで願いが叶うと、お礼に底の抜けたひしゃくを贈る風習がある。
どうしてなんだろう?
天岩戸のときに、桶を逆さまにしてその上で踊ったから?
坪宮は、境外摂社で、ちょっと離れたところにあります。
なので、ここは覚えない。
次は末社で
松尾神社は、たぶん京都にある松尾大社からきてるんだろう。
松尾大社に祭られてる神様は
大山咋命と中津島姫命らしいけど、ここでは大山咋命だけみたいだ。
大山咋の咋は杭のことで、大きな山に杭を打つ神、大きな山の所有者の神様ってことらしい。
古事記では、のちの比叡山である日枝山の松尾に鎮座して、鳴鏑を神体とすると記されてるそうな。
鳴鏑(めいてき・なりかぶら)とは、射ると大きな音を出す弓矢のことらしい。
比叡山に延暦寺ができてからは、比叡山の守護として、比叡山の王という意味で山王と呼ばれ
その比叡山、天台宗が興した神道を一派を山王神道と言って
後に南光坊天海が山王一実神道と改めます。
なんで仏教僧が神道を興しちゃうなんて日本の宗教史は複雑です。
あの太田道灌が歓請して東京の有名な日枝神社を建てまして
江戸時代には徳川将軍家の氏神、明治以降は皇居の鎮守とされたそうです。
比叡山の麓の日枝大社が全国の日枝神社の総本社で、後に大物主命が歓請されて
大物主命を大比叡、大山咋命を小比叡と呼び、二神の総称を山王と呼ぶことになりましたと。
~山王とか、ときどき聞くけど、そういう意味だったんだ‥
なにしろ、大物主命ってのは、名のとおり大物なんですね。途中からきたのに大比叡だもの。
で、実はこの大物主の命は、大国主命の別名だとか、大国主命の和魂だとか言われてます。
和魂(にぎみたま)というのは、幸魂(さきみたま)と奇魂(くしみたま)と二つあって
良い運気を運んでくれたり、奇跡で人々を幸せにしたりと、なにしろよい魂のことらしいです。
でもでも、この大物主命は、すごい祟神だったりします。
崇神天皇の時代に疫病を流行らせたりしちゃいます。
その祟りをおさめるために、奈良県の三輪山に大物主命を祀ります。
そうなると
大国主命の和魂だっていうのに、大物主命にも和魂と荒魂(あらみたま)とがあることになります。
どういうことなのか、まったくわかりません。
なにしろ松尾神社の大山咋命と、大国魂神社の大国主命は一応、関係はあるみたいですけど
その程度じゃ末社みたいです。
それと、この大山咋命は、開拓と醸造、お酒とか味噌とかお醤油とかの神様なんだそうです。
大きな山に杭を打つとかあるので、たぶん開拓なんだろうと思います。
醸造は、酒造の技術を伝えた帰化人の秦氏が氏神にしたからで
寛政12年(1800年)江戸時代です。武蔵の国の醸造家が懇請により勧請されたそうです。
巽神社は
これ、たつみ神社って呼びますけど、巽は方角です。辰巳の方角、今でいう南西ですかね
本殿から南西にあるから巽神社で、大阪とか地方にある巽神社からの勧請とかじゃないみたいです。
ここの神様は市杵嶋姫命(いきちしまひめのみこと)
全国の市杵島神社はこの市杵嶋姫命を祀っています。
有名な厳島神社もこの神様です。いちきしまといつくしま。
この神様は水の神様だそうで、後に弁天様、弁才天と習合します。
ちなみに、天のつく仏様、弁才天とか毘沙門天とかはインドからきた神様のことらしいです。
もともと弁天さまも古代インドでは水の神様だったらしいですけど
河を流れる音から連想して、音楽の神様、学芸の神様だったらしく
そんな関係で、弁の才のある神様で弁才天と。
ところが音が似てるので、弁財天にもなって、有名なのは鎌倉の銭洗弁天です。
もうだいぶなんでもありの神様になっちゃいました。
いや、神様なのか仏様なのかもよくわかりません。
実は、松尾神社で書いた松尾大社の中津島姫命は、この市杵嶋姫命の別名らしいです。
異説もあるみたいですけど。
だから松尾神社に中津島姫命がいなかったんですかね?
次は住吉神社と大鷲神社ですが
大国魂神社のHPを見ると、同じところというか1つになってまして
実際、1つなんですかね?というか、神社一緒にしちゃっていいのですかね?
まぁ、神社がそうしてるのだからいいんだろう。
住吉神社は大坂の住吉大社から分霊されたもので
住吉三神といわれる3柱の神様が祀られてます。
中筒男命・底筒男命・表筒男命で三神です。
住吉(すみよし)の吉は、大吉だ末吉だの吉兆を意味するんじゃなく、昔これは(え)だったそうで
すみのえと読んだそうです。澄江、澄んだ入り江のことです。
そういうことで、住吉三神は海の神様、航海の神様なんだそうです。
それと、神様の名前の筒は、星のことらしく
3つの筒はオリオン座の中心の三ツ星のことで、
航海のとき目印にしていたので神格化されたって話もあります。
ちなみに、住吉大社の境内末社に大国主さんが祀られてます。
それと、住吉大社は伊勢神宮みたいに式年遷宮という伝統が残ってます。
今は30年おきに改修するだけみたいですけど。
大鷲神社はおおとり神社と呼ぶのかな
祀られてるのは大鷲大神(おおわしのおおかみ)ですけど
大鳥神社・鷲神社・大鷲神社で(おおとりじんじゃ)ってなってますから
きっとそうなんでしょう。
ヤマトタケルが亡くなった後、白鳥になって飛んでいって最後に降り立ったのが
大坂の大鳥大社で、それと同じだとするなら
大鷲大神はヤマトタケルのことなのかもしれません。よくわかりませんが。
有名な酉の市の行われる神社です。
熊手を買って、手締めとかそういうやつです。
熊手は鷲が獲物を掴むときの手をイメージしてるらしいです。
福徳を鷲づかみにするって意味らしいです。
熊手は年々大きくしていくものらしいので、最初から大きいの買っちゃうと大変です。
買うときは、ちゃんと値切りをして
値切った分をご祝儀としてお店の人に渡す。定価で買うのと同じ分払うことになりますけど
それが通の買い方らしいです。
そのご祝儀をお店側が受け取ると、手締めが発生するのだそうです。
なにしろ、商売繁盛、開運の神様なんだそうです。
東照宮はご存知、徳川家康です。
二代将軍の徳川秀忠によって造営されました。
「八州の鎮守となる」と、家康は遺言してますから、
日本の平和を守る神様ってことになります。
ちなみに市杵嶋姫命が弁才天のように
神様の正体とされる仏様のことを本地仏というらしいですが
徳川家康も神様になって、東照大権現と呼ばれますけど
その東照大権現の本地仏は、薬師如来です。
薬師如来は名前の通り医薬の仏様です。
徳川家康も医薬に通じていて、司馬遼太郎が言うには、
日本ではじめて運動が健康によいと知った人物かもしれない、と。
家来に石鹸を使わせて感染症を予防させたりと、いろいろ逸話はあります。
たぶん、そういうところから薬師如来なんでしょう。
またまた、ちなみに
徳川家康を神様にしたのは、松尾神社のところで出てきた南光坊天海で
山王神道、大山咋命と大物主命・大国主さんの二神をあわせて山王ってやつです。
その山王神道を天海が改めた、山王一実神道により日光東照宮に祭祀されました。
調べてみればなかなか面白い繋がりがあるものです。
最後は、そこらじゅうにある、と言ったら怒られちゃうかもしれませんが
稲荷神社です。
なんと日本で二万社とも三万社とも言われてます。たしかにそこらじゅうにあります。
もちろん総本社はたくさんの鳥居で有名な、京都の伏見稲荷大社です。
僕も行きましたけど、異世界のような雰囲気があって、
結構、惧れを感じたりもします。神秘的ですごく好きな神社です。
祀られてるのはウカノミタマという神様で
穀物の神様だそうです。
ここも秦氏の氏神様。
秦氏は太秦が本家で、伏見稲荷のある深草は分家らしいです。
本家が松尾大社で、分家が稲荷大社なんですね。
江戸時代には「火事 喧嘩 伊勢屋 稲荷に犬の糞」と、言われたくらい
江戸に多いものだったらしいです。
江戸時代は石高制だし、
士農工商ですから、穀物・農業の神様はとても大事にされてたんでしょう。
それと、お稲荷さんは屋敷神でもあります。
デパートの屋上とか、ビルとビルの間とか、お屋敷の敷地内にある神社は
たいがいお稲荷さんらしいです。
ちなみに、伊勢屋が多いのは、それだけ伊勢商人が江戸に流れてきたからで
大きな港があったことと、木綿を手に入れやすい地域だったこととか
いろいろ理由があるそうです。
有名な伊勢屋は、デパートの伊勢屋丹治呉服店、伊勢丹ですけど
創業は明治だったりします。
江戸期の最も有名な伊勢商人は、三井財閥の基盤を築いた三井高利ですけど
屋号は越後屋です。
稲荷神社は狛犬のかわりに狐がいますけど
稲荷の神様のお使いなんだそうです。
大好物は油揚げで、油揚げを使った料理を稲荷と呼ぶのはここからだそうです。
だけども、狐はあくまで稲荷神の使いであって、狐じたいが稲荷神ではありません。
あと、伏見稲荷と同じくらい有名な豊川稲荷ですけど
豊川稲荷は神社じゃなく曹洞宗のお寺です。
祀られてるのは荼吉尼天です。
この荼吉尼天は鎌倉時代の頃に、性愛を司る神様とされまして
真言密教立川流という宗派が祀ったんですが
ドクロを崇めて性交をすることで成仏するという
話もありまして、邪教扱いで弾圧されてしまいます。
性交といいますと、大国魂神社では
くらやみ祭りです。
もちろん、今は普通のお祭りですけど、
その昔、お祭りの期間の夜は
集落一体が火を消して、雨戸を開けっ放しにしておかなきゃいけない。とか。
夜這い祭りとも呼ばれたのだそうです。
司馬遼太郎の燃えよ剣にもでてきます。
ただ、その夜這いのために夜にやってるわけじゃなくて
貴いものを目で見ることは許されないっていうところから、真っ暗な中でやるのだそうです。
あとは、大東亜戦争の忠魂碑や日露戦争の記念碑があります。
馬場大門ケヤキ並木ですが、これは天然記念物に指定されてます。
馬場の馬場は、軍馬を養ったり騎乗の練習をするところのことらしいです。
起源は約1000年前、源頼義・義家父子が1000本を寄進したという話があります。
現存してるケヤキを鑑定したところ
推定で600年以上、ケヤキの成長不良を考えると、900年以上もあり得るそうです。
もしかすると本当に源頼義・義家父子が寄進したものかもしれないです。
最後に、祀られてる大国魂大神、大国主さんですけれども
大国主さんと言えば、出雲大社です。
同じ神様を祀ってるので似てるところも多いです。
国造、宮司さんですけど、アメノホヒの後裔だったり
しめ縄は、太い方が右なんですけど、左が太い方で
逆になってます。
ただ、参拝方法は、二拍手です。
出雲大社は四拍手。
しめ縄が逆なのは、大国魂神社の禰宜さんの話では、社殿が北向きだからだそうですけど
北向きの社殿は、結構珍しいらしいです。
ちなみに出雲大社の社殿は南向きです。
他に北向きというと、伊和神社なんかもそうらしいです。
鶴石の伝説があるので北向きらしいですが
祀られてるのは伊和大神、大己貴神で、大国主と同じらしいです。
大国主の国造りが終わったの、「おわった」が「いわ」になって、いわ神社という説があるらしいです。
調べてみたところ、しめ縄が逆だという話はないです。
他にしめ縄が逆のところを調べると
大神神社なんかもそうです。
大神神社は三輪山をご神体としてるので本殿がありません。
三輪山といえば、大国主さんの和魂だという大物主さんが祀られてるところです。
崇神天皇の頃に疫病を流行らせたりした神様です。
巨大なしめ縄といえば、熊野大社と諏訪大社ですが
熊野大社はスサノオさんです。
スサノオさんは天照大神の弟ですが、子孫が大国主さんです。
諏訪大社は大国主さんの子供のタケミナカタさんです。
国譲りのとき、反対してタケミカヅチさんに諏訪まで追われてしまいました。
しめ縄は、天岩戸が起源だそうで
踊りに釣られて出てきた天照さんが、二度と岩戸に隠れないように
岩戸の入り口を封印するために締めたとか。
神社のしめ縄は、不浄なものが入らないようにするという意味らしいです。
要するに、結界みたいなものなんでしょうか?
すると、よく言われてるように、逆のしめ縄は神様の封印なんでしょうかね。
そうなると、出雲系といわれる神様のしめ縄が大きかったり逆だったり
なんとなくわからなくもないです。
大国魂神社、そんな感じでしょうか。