定義がいまいちわからないのだけど
あえて合コンと言いたい。
先日、それに行った。
なんでそんな言い方するかといえば
合コンという言葉で想像できるもの
それをひどく嫌ってるから。
ひどく嫌ってるのに、なんで行ったかと言えば
誘われたから。
誘われたからといって、なんでもほいほいついてくわけじゃなくて
たいがいは断るのだけど
誘ってくれた人が僕は好きなので
断りたくなかった。
好きと言っても、同性だし、そういう好きじゃなくて
なんていうか、落ち着くのです。
安心するっていうのかな、なにしろ面白いし。
最近はっきりわかったんだけど、どうやら僕は
同姓にしろ異性にしろ年上の人と一緒にいるのが好きみたいだ。
そんなことで、そのときのそれは
みんな年上だったので、僕はとても気楽だった。
気楽と言っても
実は、そういうの何年ぶりかもわからないくらい大昔に行ったっきりなので
最初は情けないほど緊張した。
その日は朝から幾分ナーバスになってたかもしれない。
ナーバスになっていたと言っても
特別、なにかを求めてたりもしないし
きっと、くだらないことをひたすら喋る係になるのだろうから
とりあえず、桁外れの美人さんがこないことを祈った。
なんでそんなことを祈るのかと言えば
世の中には桁外れの美人さんがいることを知って
見た目もそうだけど、気高さとか気品とか?
なんかよくわからないすごいのがいる。
普通の美人さんくらいじゃなんともないのだけど
そうなると、頭がまったくまわらなくなる。
僕にとって、頭がまわらないというのは致命的で
熱々のラーメンを素手で食べるくらい困難なこと。
だけど、本当の問題は、そうせざるを得ないと考えてしまい
素手で手を突っ込んでしまうこと。
同じように、尊敬し過ぎてしまう相手もダメで
何十年もファンだった芸能人に向き合うくらい
どうにもならなくなる。
もちろん、そんなときもそうせざるを得ないと
どこか悲壮感を漂わせた、使命感のようなもの
突撃の合図とともに先頭を駆ける下級将校のような気分になってしまう。
幸い、その日は
僕の許容範囲にある、いや、悪い意味でなく
一目見て、綺麗じゃないなんて断じて言えない人たちだったし
ひとりはとても思い遣りがありそうで
ひとりはとても知性的で
ひとりはとても自然なかたちでバイタリティーを持っているように見えた。
もちろん、数時間程度じゃ、なにもわからないのと同じだけど
この先、そのなにかをわかりたいと思える人たちだった。
もし向こうにその気があれば
たぶん、よい友達になれると思う。
なにしろ、そんなふうに思えたくらいだから
それなりに僕は僕の役目を果たせたのだと思う。
きっと楽しんでくれたんじゃないかと思う、ひどく疲れたけど。
ただ、こういう場所では
素敵なものを素敵だと言えない。
言えるのだろうけど、恥ずかしくて言えない。
それが結構、辛かった。
逆に、もしかすると、ここのところ言い過ぎてたのかもしれない。
それにしても、久しぶりのこの時期の夜の新宿は
お酒が入ってたこともあるのかもしれないけど
ひたすら心地よくて、ひしひしと湧いてくる開放感のようなものを
どう扱っていいのか困った。
だけど、どんな関係であれ
こんな空気のこんなところを女の子と歩くというのは
すごく楽しいことなんだと思った。実感を持って。
うん。悪くはない。