とんでもないことが起きた。

たぶん、僕の人生はじまって以来のとんでもないこと。

まだいまいち理解しきれてない。

たくさんの怖さと、たくさんの可笑しさと、たくさんの意味不明がごちゃごちゃになってる。

なにかの間違いなんじゃないだろうか?



うんとね

犬の散歩をしてたんだけどね

大きな公園なんだけどね


いや、そういうこともあるとは聞いてたんだ。

その辺はそういう人が集まるとかなんだとか。


だけどね、そんなに暗くないしね

別に怖がる必要もないと思ってたしね

それに向こうもタイプがあるんだろうから

まぁ、僕ってことはないだろうとね。



若かったよ。驚くほど若かった。

ずっと僕より年下だと思う。

そういうのってさ、おじさんのイメージがあったからね

いや、その後イメージどおりのおじさんも登場するんだけどさ


なにしろさ、もう少年だよ

青年とは言えない。たぶん高校生?もしかするともっと下かも。


格好は普通なんだ。すごく普通。

どこにでもいる少年だよ。

黒いコートにジーンズで

僕、嫌いなんだけどね。

黒い布地のコートに青いジーンズってさ

それに白いスニーカー

なんていうか、変だと思うんだけど、多いよね。

たしかにね、挙動は少しおかしかったかもしれない。

なんかキョロキョロしてたしね。


「あの‥」って声をかけられたときはさ

僕、耳にイヤホン入れてたから、すぐ気づいてあげられなくて

そっと肩に触れられて、はっと気づいたんだけどね。


ちょっと驚いたけど、少年だったからさ

すぐに耳からイヤホンを抜いて、

「はい?」と、聞き返したのね。


そしたらさ、いきなりさ

いきなりだよ?いきなり

前と後ろと両方触られた。

「あの‥」って言いながら触られた。


「ちょ、ちょっと!」と、言いました僕は。

怒るとか、怖がるとかそういうことじゃなく

なんだかわからなすぎて、「ちょ、ちょっと!」と。


で、なんとか少年から離れて

「な‥なんですか‥」と、聞きましたよ。


そしたら、少年

もじもじして「す‥すいません‥」と、言うんだ。


そりゃそうだろと思うよ。当然「すいません」だよ。

そこで「すいません」以外の何があるって言うんだよ。


そしたらさ、もじもじ照れながらさ

「犬、かわいいですね‥」だってさ。


どうしてそこへ行くのかわからなくてさ

さすがの僕も、「はぁ‥」としか答えられない。

というか、なんかの間違いだと思った。

触られたことが、なにかの間違いなのかと。


でさ、「触っていいですか?」って聞いてくるんだよ。

そこでまたハッと気づいてね

そう、やっぱり僕触られたよね?って。

だってさ、手の感触残ってるしね

結構がっちりいかれてるからね。


もうさ、なんだかわからなくなって

「え?どこを?」と、冷静に聞いちゃいました。

そしたらさ

「えへへ」って笑いやがってさ

おい、笑ってんじゃないよと。

笑わせたつもりはないんだよと。


で、なんかニヤニヤと近づいてくるからさ

さすがに身を引きましたよ。


だけどね、うちの犬、そうとう馬鹿だからさ

ご主人のピンチに全然気がつかないわけ。

普通なら、さっき突然触られたとき、怒って吠えてもいいくらいなのにね

撫でてもらおうと自分から向かっていくんだ。

僕、油断してたから引っ張られちゃってね

少年と、超急接近しちゃってさ

そこではじめて「ぐわー」と、声をあげてしまいました。


「まて、まてまて、おい!」と、犬なのか少年なのか

どっちも向かって叫んだわけです。


でもダメ

もう僕の足元にしゃがんで、犬撫ではじめちゃってさ

僕、やたら腰だけ引いちゃってね

だって、顔がすぐ横にあるんだもの

もう少年の気持ち次第の距離だもの。


変な汗出ちゃってさ、やたらキョロキョロしてね

誰か救出にきてくれないかとさ。

偶然、誰か通りかかるだけでもいいんだ。

なのにこんなときに限って誰も来ないんだよね。


ちょっと悩んだよ。いや本気で悩んだ。

もし、少年の気持ちが犬から僕へ向いたとき

さすがに叫んでも良いものかと。

助けをよんでよいものかとね。


僕、必死の救援養成でさ、昔、酷い目にあってるからね

海で流されたときのね

だからさ、できることなら音便にね

「それじゃ、またね」みたいに別れたいんだよ。


でも、少年、上目遣いでいろいろ聞いてくるのさ

その目がさ、なんか違うんだ。

夕方の公園で見る目じゃないよ。

いや、公園で見ることもあるか‥

でも、もっと暗くなった後、ベンチで寄り添ったときの目だよ。


少年の視線はさ、僕の顔と犬との間を行き来するんだけどさ

途中、絶対僕のその辺を通過させるんだよ。

一呼吸、そこで置くんだよ。

そのたびに、腰が引けちゃってさ。


聞いてきたことはさ、普通のことなんだ。

犬好きの人がよく聞く、当たり障りのないことさ。

でもね、

「何歳ですか?」って聞かれてさ

僕、混乱してどっちかわからなくなっちゃってさ

僕の年齢なのか犬の年齢なのかね

で、少し悩んでさ、一応、犬の年齢答えられたけどさ

「僕、黒い犬大好きなんですよー」とかね

「ピカピカですねー」とか

視線が僕のその辺を通過しながら言うもんだからさ

いや、僕も悪いんだ

少年はそんなつもりなかったかもしれない。

でも、僕はさ、もう頭グチャグチャになってるからさ

なにをどう言ってるのかわからなくなってね

かろうじて、犬だよね?犬のことだよね?と、まだ考えられたからよかったのだけど

少し沈黙の後

「大きいですよね‥」って言われたとき

つい「いえ、小さいです!」と、本心から言ってしまいましたよ。


だってさ、「大きいですよね‥」は、たしかに「‥」だったんだ、最後が。

それまではさ、「ピカピカですねー」みたいに「-」だったんだよ。

「‥」がさ、絶対、その辺意図して言ってる感じがしてね

たぶん、どっちも含んで様子を伺う魂胆だったのかもしれないけどさ。



そしたら、少年

普通に笑いやがってさ。

ほんとに、友達の冗談に笑うみたいにさ。


そこでさ、もしかするとこれ、新手の罰ゲームかなんかじゃないかとね

もしくは、こうして戸惑う誰かを見るのが趣味とかね。


しょうがないからさ、僕も一緒に笑ってやったよ。

「犬ですよね、犬」なんて言いながらね。


いや、それで終わるかと思ったんだ。めでたしめでたしだとね。

そしたらさ、少年、立ち上がるときにさ

絶対、狙ってたね

僕、まるで郷ひろみのように身をひるがえしたよ。

絶対、奴は狙ってた。



するとさ、後ろからチリンチリン自転車のベルの音が聴こえてね

「あ、助かった‥」と、思って振り返ってね

きっと邪魔だったんだろうと、「すいません」と、言って避けたんだ。

そしたらさ、キーッとブレーキの音をたてて止まったんだ。


それがおじさん。

痩せた、ものすごく痩せたおじさんだった。

もうね、いでたちがすごくオーソドックスなの

もう、絶対そっちの人だってわかったもん。

スリムだよ。すごくスリム。

ピッチピチだったよ。寒いのにコートも着てない

シャツがピッチピチ。

たぶん、明るいところで見たら、乳首透けてるはず。

そのくらいピッチピチ。


「なにしてんの?」

いきなりおじさん、ちょっと怒った感じで

少年を見て、それから僕を見るのさ。

舐めるように僕を見るのさ。

ゾクッとしたね、爬虫類だね、あれは。



僕はさ、とりあえず首を傾げてね

「いや、なんだかわからないのです」みたいな感じでね。


そしたら、おじさん少年の方を向いてね

「いこうぜ‥」って言ったんだ。

「ぜ」だよ「ぜ」 

すごく久しぶりに聞いたよ、おじさんの「ぜ」は。


少年はさ、頷いてさ

ちょっとこっち見て、犬にバイバイしてるんだ。

「バイバイじゃねーよ!」と、叫びたかったけど

まぁ、居なくなってくれるなら良しとしよう。


それでさ、おじさんは自転車を降りてさ、

ギュッと少年の肩を寄せてね

一回、こっち見たんだよ。

一回、こっち見てさ

すげー濃厚なキスですよ。

もうね、いろいろ入ってた。

ピチャピチャ言ってたもん。聴こえてきちゃったもん。


僕さ、唖然としちゃってさ

おいおいおいおい‥とね 頭の中は「おい」だらけになってね

延々と濃厚に口付けしちゃってるからさ

だんだん可笑しくなってきてね

笑いこらえるの辛くなって、下向いて頑張って耐えたよ。

そこで笑ったら、何されるかわかんないもん。

絶対嫌だもん、あのおじさんとなんてさ。絶対嫌だもん。


おじさんも少年もさ、絶対こっち見てるのね

絡めながら見てるのね

僕、下向いて耐えてるからちゃんと見てないけどさ

視線だけは感じるんだ。


一回離れてさ、またもう一度はじめちゃってさ

ドラマとかでよくあるやつね

キスシーンでよくあるやつ。


そのときさ、少年「うふ」って言ったよ。言った。

「うふ」だよ、声出ちゃった的な「うふ」だよ。

おじさんはさ、「フッ」って言ったよ

「フッ」だよ、「どうだ満足したか?」的な「フッ」だよ。


ほんと勘弁してくださいと、頭抱えて逃げました。

できるだけ落ち着いて逃げました。

「なんだあれ、なんだあれ」って、僕の頭は「なんだあれ」で今度は一杯で

だけど、帰ったら弟に話せると思って、だんだん可笑しくなってきて

勢いよく、弟の部屋の扉をあけて、

「おい!ちょっと大変だよ!」と叫んだんだけど

弟どこにも居なかった。


すごく、すごく今、誰かに話したい。

と、思って

ここに書いた。

なんとなく落ち着いた。

たぶん、読み返したらがっかりするだろうからこのままにしておく。

こういうの、口で言わないと全然伝わらないし

勢いでそのまま書いちゃったし

でも、まぁ、良い経験だったかもしれない。

こういう世界もあるんだなぁ‥話には聞いたことあるけどさ。

あぁ、想像したくない。でも、想像してしまう‥