民主制について歴史を遡れば

行き着くのは古代ギリシャだと思う。


古代ギリシャといえば、ポリスという都市国家。

土地の所有という概念が生まれ

その所有する土地を奴隷に耕させる。

奴隷を含めた財産をどう守るのか?これが根本にあると思う。


この所有する土地、農園のようなもがオイコスと呼ばれ

そのオイコスがいくつも集まってポリスが成立している。


オイコスの所有者が市民としての権利を持っていて

彼らは労働をしないけれども

いざ、戦争になれば自分のオイコスを財産を守るために

先頭に立って戦う。


そのオイコスの所有者、市民が集まってポリスの運営する。

自分のオイコスを守るためには、他の所有者たちの協力が必要で

戦争となれば、自分たちが戦地に行くのだから

その運営には自分たちの未来がかかっている。過ちは許されない。

今の国民よりもずっと真剣に国家の運営を論じたのだろうと思う。




ポリスといえば、すぐにその市民による民主制を想像するけれども

実際は、すんなり民主性が取られたわけでもなく

神々のお告げでものごとを決めるポリスもあった。

古代ギリシャの市民たちは、政治制度を自分たちで選択したらしい。


王政・貴族制・寡頭制・僭主制・民主制と、五つの制度を考え

そのなかから選択したのだと言う。


民主制がどう生まれたのかと言えば

市民が対等な権利を持つ状態で、何かを決めるとすれば

議論を戦わせる必要がある。

だけども、一人でオイコスを守ることもできないので

どうしても市民の合意を取らなきゃならない。

もちろん全員が同意して決められれば、それに越したことはないけれども

そう簡単に全員が同意するような答えは出せない。

真実を問うことは、そこに真実が存在しないからで

誰かが損をし、誰かが得をする。

仮に神託で決まることなら、それは真実であり、不平は言えないけれども

自分と対等な市民の決めたことなら、いくらでも不平は言える。

そんな状況で、全員に喜ばしい決定などなかなか生まれない。

もし全員が納得する決定ができるにしても時間がかかる。

緊急事態に対応できない。

そこで、議論をある程度進めた状態で投票を行い

多数の意見を採用する多数決という方法が生まれた。


また、こうも考えられる。

対等な市民と、議論が重要視される環境にあれば

民主制以外の選択は難しい。

王政にするなら王になる人間が必要で、王様である理由が必要になる。

なにごとにも最初がある。対等な市民が王を選び王様と呼べるほどの権限を与えることも

ないとは言えないけれども、

自然な流れとして、平等と言論重視の環境では民主制になると思う。


ただ、制度の選択があったことは確からしいから

それぞれの制度に対して議論が行われたのだと思う。

その制度のよいところ、悪いところを吟味することができた。

だからこそ、民主制のポリスで有名なアテネの市民でも

民主制を完全な制度だとは思わず、その欠点も認識されていた。


その民主制の欠点は、今の時代もかわらずある「衆愚政治」で

正統性と、結果の正しさとは違うということ。

多数決の決定に正統性はあるけれども、その決定が本当に正しいかどうかはわからない。

その欠点を知るからこそ、政治制度を柔軟に考えることができたのだと思う。


もし、民主制が衆愚政治に陥り、さまざまな問題が噴出すれば

政治制度を変え、貴族制にしてみたり

そこでまた問題が出れば、また制度を変えればいい。


政治制度とは、決定のしかたのことを言うのだろう。

民主制の場合、市民の多数決で

王政の場合、王様の意思になる。


その後、ヨーロッパは中世の身分社会を経て

市民革命、近代民主主義が誕生するわけだけど

古代ギリシャの民主制がどうして身分社会を経なければならなかったのだろう?


きっと、古代ギリシャは市民のみが対等だったからで

奴隷というものが当たり前のように存在していたからだと思う。

逆に、奴隷という階級があったからこそ、王政のような階級制、身分社会が受け入れられたのかもしれない。

身分社会を含めた政治体制の選択という柔軟な意識が

その後の支配者と被支配者の厳しい闘争を生むことになったのだろう。


今、僕たちは当たり前のように平等な社会に暮らしているけれども

中世は、身分や階級の社会を人々は当たり前のように暮らしていたのだろう。

それは平等が当たり前の社会に暮らし始めて今までよりもずっと長く、数世紀に及ぶ。

そう考えると、市民革命の意義がまた大きく感じられる。


だけども、そこに歴史の紆余曲折、たくさんの苦しみがあったとしても

言葉にすると、たいしたことじゃないように感じてしまう。


たとえば、その苦しみの理由、紆余曲折を一言にすると

立法権がどこに属するのか?だと思う。


この立法権がどこに属するのかで、王政と民主制の

正しく言えば、君主制と民主制の共存も可能になる。

王様がいても民主制が行えるようになる。


また、王様がこの立法権を持てば

ときどき暗黒時代のように描かれる絶対王政になる。


古代ギリシャの民主制と、近代民主主義の違いは

議会の存在で、その議会が立法権を持つことで君主制と民主制の共存が可能になる。


これは言葉の問題だけれども

共存しないのは共和制と君主制で

共和制に王は存在しない。存在しないからこそ共和制と呼べるわけで

共和制と共存できるのは帝政になる。

たとえば、皇帝ナポレオンは市民から選ばれた人間で王様ではなく

先にあげた民主制の欠点を、優秀な市民である皇帝に全権委任することで補う制度。

ただし、元老院と呼ばれる議会が皇帝の意思決定を監視する。

そういうことらしい。



なにしろ、今回は多数決のはじまり、民主制のはじまりについて考えた。

次は君主制と民主制の共存可能にした立法権について。


今、この国に敷かれている制度を考える上で

多数決と法は外せない。

そして元事務次官襲撃事件であからさまになった僕の気分は

この制度と国民の意思との間で、本来どうあるべきなのか?

どう考えるべきなのか?

そんな疑問から生じたもののように思える。

だから次は法律について。