勇敢な男は自分のことを最後に考えるものである。

と、ドイツの詩人は言う。


その通りだと思った。

だって、僕がこれまで見てきたヒーローはみんなそうしていたから。

だから僕もそうなりたいと思った。

でも、どうしてもなれなかった。


僕はいつだって、どんなときも、まず自分を考えてしまった。

そして、それこそが真実なんじゃないかと思った。

あらゆるヒーローは教訓として生まれたんだろうと思った。

「できないから、しなきゃならない」

人は嘘をつく生き物だから、「嘘をついちゃいけません」という教訓が生まれるように。




昔、僕にはとても大好きな人がいた。

とてもとても大好きだったから

すべてを理解していと思った。

そして、理解されたいと願った。


でも、それはどうしても叶わなかった。

僕の努力が足りないだけかと思ったけど

「人は人のすべてを理解することはできない」

それが真実なんじゃないかと思った。


神経質過ぎるわけじゃないと思う。

ときどきなんだ。

ときどき、理解されない悲しみや、理解できない悔しさで

やりきれなくなることがあった。そういうこと。


きっとこれも1つの教訓なんだと思った。

「できないから、しなければならない」


「すべてを」

これが救いになった。


「すべて」理解することなど絶対にできない。

なら、多少は、ある程度は、ほんの少しは理解することができるんだ。


たぶん、これがこの世界にある希望なんだと思った。

ほんの少しや、ある程度や、多少のために

きっと間違えることも多いだろうけど、

もし、自分のことを一生懸命考えてくれてる人がいたら、僕は許すよ。

許すどころじゃない。間違えようがなんだろうが、たくさん感謝するよ。

だから、きっと大丈夫だと思う。間違えたっていいや。

なにしろ、その努力をすることだよ。

世界はなんて暖かいんだ。


こうして僕は最近幸福を感じはじめてる。