最近、よく喫茶店やカフェに行くんだ。

本気で喫茶店を考え始めてね

参考にするためにさ。



やっぱりカフェのコーヒーは美味しくないね。

目的が違うから仕方ないけどさ

家で飲むのとたいして変わんないんだよな。

たしかにね、スイーツってやつ?

ケーキの類はお洒落で珍しいものも多くてね

それはそれで楽しいのだろうと思うけどさ。


ただ、なんとなくね

カフェにある虚構が気持ち悪くなってきた。

お洒落なお店に、お洒落なスイーツ

そのスイーツもさ、味よりも流行や希少性でしょ?

お客も、その虚構の演出を楽しんでる。

お洒落な店でコーヒーを飲み、スイーツを食べることで

少しお洒落な自分になれる。そんな気分が見え隠れしてる。



いや、最初からわかってたよ。

漠然と商売を考えてたときも

虚と虚の交換場所としてお店をイメージしてた。



社会はさ、それ自体として存在してない。

人間が交流、交換し合う場所として社会は存在してる。

人間は手段として交換をしているようで、実は交換が目的なんだ。

そして、価値があるから交換するんじゃなく、交換するから価値があるんだ。

言葉はものを伝えるためにあるんじゃなく

言葉を交換するのが人間なんだよ。


構造主義ってやつがどこまで人間の本質を探り当てたかはわからないけど

僕は納得できるよ。

いや、その前に自己流だから、この解釈が正しいのかもわかんないけど。



でもね、そう考えると

喫茶店ならさ、コーヒーの味のレベルをあげる努力よりもね

情報の交換で価値をあげていく方が重要になるよ。

広告代理店の影響力を考えればさ

間違いなく、この社会では味の本質よりもコマーシャルなんだろうね


そこに多少の嘘が混じってもね

行き過ぎれば亀田家のような悲惨な状況になるけども。


同じようにね、店の雰囲気ってやつもさ

交換することで価値を付加させるなら

お客さんの虚栄を演出する努力が重要になる。

居心地のよさ、なんてね二の次だよ。

お洒落な洋服のためにダイエットする女性はいくらでもいる。


そう、特に女性をターゲットにするならね

虚の交換、虚の演出は必要で

特に年齢が進むと、渇きはその辺りにあるんだろうしね



はっきり言っちゃえば

コーヒーの味なんてほとんどの人が理解できないでしょ?

いや、僕もなんだけどね

もちろん安っぽ過ぎればばれちゃうけどさ

佇まいや居心地、雰囲気なんてのとたいして変わらない

主観的で微妙なものなんだよ。


だから、どこまで虚を演出できるかが勝負になる。



だけどね、どうしても僕は納得できない。

虚というものを取り払いたくてしかたがない。

気持ち悪いんだよ、そういうのがさ。



そこで今、研究してるのが

究極の居心地だよ。

僕はね、日本人の普遍的な価値というものが存在して

好む空間の構造があるんじゃないかと思うんだ。

安心できる、落ち着ける距離、色、明るさ、匂い

そういうものを含めての空間があるんじゃないかと考えるんだ。


価値観の多様化や、個性重視の教育や、グローバリズムに逆行してるけどね

虚が蔓延したら、次は実さ

最近のメディアの状況を見てもね、虚が膨らみ過ぎてる。

バブルと同じさ、ホリエモンから亀田家

メディアの問題はシグナルだと思うのね



しかし、まぁ難しいね。

失敗すると、ただのレトロブームの延長になる。

懐古主義でも日本原理主義でもなくね

思想をただ反映する、独りよがりも嫌なんだ。



でもさ、どの本を見ても

コンサルタントの意見を聞いてもね

コンセプトはわかりやすく、できるだけ単純にするべきだと。

感情にうったえかけるコンセプトがいいんだってさ。


店舗増やして儲けようとか考えてないからなぁ‥

でも、食べられないのは困るしなぁ‥



とりあえず、まだまだ参考にしたいから

面白い喫茶店やカフェがあったら教えてください。