一昨日かな

なんとなくテレビを眺めてた。

有名な小説を芸能人がプレゼンするやつ。

「ジーキル博士とハイド氏」とか

「人間失格」とかね。


そのなかに「蹴りたい背中」が含まれてて

読んでもないのに、正直どうなんだろうと思った。



プレゼンがはじまると

案の定、クラスのグループがどうのと

その前の人間失格と比べて、ものすごくスケールが小さな、と。


でも、思ってたよりずっと面白そうだった。

思いつきと行動の間にあるものがとても衰弱してるんだな。

よく「キレル」とか聞くけどね

怒りの感情で、思いつきと行動の間にあるものが失われてしまう状態だと思ってた。

でも、どうやら違うらしい。

彼女の書いた小説が普遍的なものだとしたら

間にあるものが、はじめから希薄なんだ。

こりゃ、怖ろしいことだよ本当に。


でも、まぁどっちに問題があるかわからないね。

蹴りたい衝動を起こさせる、無防備な背中に問題があるのか

蹴る側に問題があるのか


僕なんかもね、変な思いつきはたくさんあるからね

唐突な行動を想像して面白がったりするもの。

口に出して相手にその様子を想像させて

一緒に楽しんでるだけだけどさ。


あらすじを聞いただけだから、よくわかんないけどさ。

思ってたよりも面白そうだ。



ジーキル博士とハイド氏はね

一応、僕も読んだことある。

二重人格や、人間の多面性の話になると

必ず出てくるでしょ?

だからさ、とりあえず読んでみたんだ。


でもね、これを簡単に現代に当てはめちゃうのは如何なものかと思う。

番組でもさ、「現代の日本の若者の問題と同じだ」なんて言ってたけど

日本とイギリスは社会の構造が違うからね

特に、100年以上も前のイギリスだからさ。


今もだけど、当時のイギリスは階級社会だよ。

広大な土地を持った貴族がいてさ

一般的な労働者がいてさ

交流なんてほとんどなくて、

階級間の交流が少ないから、文化層も生まれてしまってね

日本の江戸時代みたいな階級社会に曖昧な部分も少なくてね

たぶん、当時は産業革命なんかの頃だからさ

成りあがり者も増えてきた頃だとは思うけど

ジーキル博士は上流階級の人でしょ?


たとえば、

日本軍は社会的地位にあまり関係がなく、経験や勲功で軍隊の階級が決まるから

大学卒が大工さんよりも下の地位にいることもあるけど

イギリスはそういうことが一切ないんだそうな。

将校クラスはみんな国に帰れば上流階級で、一般の兵隊は労働者なんだと。

だから、将校じゃない会田さんが英語が話せてしまうことに驚き

スパイだと疑がわれたそうだ。


それで、イギリス軍の軍服は兵隊から将校までみんな同じで

日本軍のように、軍服で判断することができない。

だけど、一目で将校だと見抜けるんだと。

非常に尊大なんだけど、大英帝国をひとりひとりが背負ってる。

ひとつひとつの動きや態度で、着ているものがどうだろうと将校だってわかるんだと。



要するにさ、上流階級に属する人間は

上流階級の文化があって、兵隊にない高貴な佇まいを持っている。

イギリスの上流階級、紳士というやつは

独自の倫理観や道徳があるんだ。

それは一般の人と比べられないくらい強い倫理観・道徳でね

特権や裕福さがある変わりに、ちゃんと保有する責任がある。

その責任を果たすことが貴族の証明で、紳士の証明で

労働者との違いなんだ。

それはときどき差別的な思考に結びつくけど

豪邸に住む日本の金持ちとは根本的に違うし

そりゃ、日本でも博士という地位を得てるなら

それなりの倫理観が必要になるけど、

その重みや伝統が全然違うんだよ。




そういう上流階級の倫理観の重さがあってはじめて

ジーキル博士はハイド氏を生んだんだ。

本質的には同じ問題なのかもしれないけど

現代の若者と同様に扱っちゃ可愛そうだよ。



むしろさ

そういう縛りのない、階級のない日本の社会でね

ジーキル博士とハイド氏に

共感以上のものを見てしまう。

そのことのほうが問題だよ。



階級のない平等社会はさ

道徳や倫理観もあらゆるものを平等に分担する社会なんだ。

もし、仮にね

道徳や倫理観を担保する階級が存在すればね

その下に属する階級の人間は、道徳や倫理観の分担を避けられるわけで

むしろ自由に振舞えるんじゃないかね。


やっぱりね、自由は新たな規制のための自由でしかなく

階級がないから自由だとか言うのは誤りだと思うよ。

巨視的に見ればさ、平等社会のほうがずっと不平等で危ういものだと思う。



そんな平等社会の金持ちはさ

平等意識を盾にして金持ちの責任から回避する。

富を分配する責任なんてまったく考えてないからね。

そりゃ、日本で金持ちになったら疎まれるよ。

僻みの精神ばかり批判するけど

責任という意識がないのだからそうなるのも当然さ。


平等がいいと言うのなら、平等に分担される責任について語るべきだし

階級がいいと言うのなら、差別に結びつく思考を抑える何かが必要になる。


僕は片手落ちの議論が嫌いでね

ジーキル博士とハイド氏の感想に

今の日本を持ち出して満足してる奴が嫌いだね。



僕はね、やはり階級社会の方に期待するよ。

社会的地位や裕福さで負う責任を明確にして

多様化された幸福を、階級を選ぶことによって満たす。

もちろん努力で階級の移動は可能にするべきだと思うよ。

その分、階級社会の効果は弱まるけど

努力の余地は残しておきたい。


逆にね、社会的責任の有無で強く批判するならね

階級社会を視野に入れなきゃいけない。

その覚悟があってはじめて社会的責任の追及は正当性を持つと思う。


やっぱりさ、政治家の失態や官僚の堕落の責任を

平等に分担するなんて馬鹿げてると思うんだ。

社会保険庁なんて見ると、そう思うね。


ある特別な階級のひとりひとりが責任の一切を受ける。

だけど、その分の特権がある社会。

下の階級に属する人間は、その倫理観や道徳を尊敬する。

特権階級の人間は、下の階級が満喫する自由を穏やかに見守る。

僕はそういう社会が理想だと考えるんだ。