昨日、何気なく書いてたけど
「売買を繰り返すことで増す付加価値。
気がつくと、実力ではなく
相対的に希少であることが価値になってしまう。」
これね、ちょっと大変なことなんじゃないかと思った。
交換によって付加されていくもの
まず、考えれれるのが市場だけども
株式や為替だね
実態とかけ離れた株価の高騰なんかはさ
この間のライブドアなんかが良い例だけど
要するに、実態の価値が交換を繰り返すことによって
価値が高められていく。
付加していくものはお金、貨幣なんだよね
だいたいさ、
貨幣自体がね、実体の無いものでしょ?
一万円札は一万円の物と交換できる価値があると信用されているから一万円札であり得る。
当たり前なことだけどね
戦中の軍票みたいにさ
敗戦と同時に価値を失ってしまう、その程度のものなんだよね
よく考えるとさ、怖ろしいよね。
一万円札に一万円の価値を担保しているのは社会的信用なんだ。
ただの信用じゃダメさ
僕と弟・僕と母親の間にある信用じゃ通用しない。
で、その社会的信用って奴はさ
たしかな実績に基づいたものじゃなくて
「信用できるだろう」という程度で、社会に住む人々が一致してる程度でしかない。
僕と弟の関係ならさ
僕は僕の目で見て、弟を信用するか判断できるけど
隣の町に住む誰かを自分の目で判断することはできないでしょ?
要するに社会的信用は
交換を繰り返すことで付加していく価値と同様
実態のないものなんだ。
そう、相対的に希少であることが価値になってしまう。
虚実を正しく判断することなんか僕たちにはできない。
するとね、大事なのは「信用できる人間」でなく
「信用できると見せかけられる人間」になる。
優しい人でなく、優しく見せることができる人間
強い人でなく、強く見せることができる人間。
そういった人が幅を利かせるようになる。
偽りだらけの世界だな。
だけど、一方で偽りを肯定する気分にもなる。
それは、そうなっている現状を肯定するんじゃなくて
僕たちはそうする必要があるってこと。
だって、そうでしょう?
貨幣に実体がないようにね
僕たち人間に、実体はあるのかな?
主体性という奴だね。
そりゃまぁ、今在る自分が自分だと言えないこともないけど
僕を1つずつ解体していけば、残るものはなんだろうね?
その残りだけで主体だといいきれるかな。
するとね、交換によって付加されていく価値
人間同士の意思の交換なのかな?
交換を上手にコントロールすることが自分の価値を高めることになる。
虚を実にしていく努力がそこで行われるんじゃないかな?
なにしろさ、
顔を見合わせた個人同士が確認しあう、認め合う価値・信用ですら
誤解や期待や思い込みがあることくらい、経験的に理解してる僕たちだから
虚・偽りの信用・価値なんだ。
その虚・偽りの信用・価値同士で交換が行われ、付加される価値・信用
社会的信用ってやつは、相当の虚栄だよ。
同じように、今経済は
実体のない貨幣の交換から
それ以上に実体のない数字上の交換が行われてる。
世界中の貨幣をかき集めても足りない額が動いてるらしいじゃない?
ハードからソフトの時代なんて言われるけどさ
まったく怖ろしいものだよ。
アメリカなんか大変だね
本質的に安定を求めるのが人間だと思うけど
不安定な経済の上に安定を求めるのは苦しいね。
そう考えるとさ、
実体のあるものは
やっぱり製造業・モノつくりになるのかな。
輸出入に頼る企業より、国内に需要を求める企業が実体になるのかな。
貨幣は価値あるモノとの交換のための虚だからね
行き着くところは国土
農業や不動産になるのかな。
思いついたままを書いちゃったから
なにを言いたいのかわからなくなった。
でも、なんとなく展開できそうなんだよなぁ‥
「売買を繰り返すことで増す付加価値。
気がつくと、実力ではなく
相対的に希少であることが価値になってしまう。」
これね、ちょっと大変なことなんじゃないかと思った。
交換によって付加されていくもの
まず、考えれれるのが市場だけども
株式や為替だね
実態とかけ離れた株価の高騰なんかはさ
この間のライブドアなんかが良い例だけど
要するに、実態の価値が交換を繰り返すことによって
価値が高められていく。
付加していくものはお金、貨幣なんだよね
だいたいさ、
貨幣自体がね、実体の無いものでしょ?
一万円札は一万円の物と交換できる価値があると信用されているから一万円札であり得る。
当たり前なことだけどね
戦中の軍票みたいにさ
敗戦と同時に価値を失ってしまう、その程度のものなんだよね
よく考えるとさ、怖ろしいよね。
一万円札に一万円の価値を担保しているのは社会的信用なんだ。
ただの信用じゃダメさ
僕と弟・僕と母親の間にある信用じゃ通用しない。
で、その社会的信用って奴はさ
たしかな実績に基づいたものじゃなくて
「信用できるだろう」という程度で、社会に住む人々が一致してる程度でしかない。
僕と弟の関係ならさ
僕は僕の目で見て、弟を信用するか判断できるけど
隣の町に住む誰かを自分の目で判断することはできないでしょ?
要するに社会的信用は
交換を繰り返すことで付加していく価値と同様
実態のないものなんだ。
そう、相対的に希少であることが価値になってしまう。
虚実を正しく判断することなんか僕たちにはできない。
するとね、大事なのは「信用できる人間」でなく
「信用できると見せかけられる人間」になる。
優しい人でなく、優しく見せることができる人間
強い人でなく、強く見せることができる人間。
そういった人が幅を利かせるようになる。
偽りだらけの世界だな。
だけど、一方で偽りを肯定する気分にもなる。
それは、そうなっている現状を肯定するんじゃなくて
僕たちはそうする必要があるってこと。
だって、そうでしょう?
貨幣に実体がないようにね
僕たち人間に、実体はあるのかな?
主体性という奴だね。
そりゃまぁ、今在る自分が自分だと言えないこともないけど
僕を1つずつ解体していけば、残るものはなんだろうね?
その残りだけで主体だといいきれるかな。
するとね、交換によって付加されていく価値
人間同士の意思の交換なのかな?
交換を上手にコントロールすることが自分の価値を高めることになる。
虚を実にしていく努力がそこで行われるんじゃないかな?
なにしろさ、
顔を見合わせた個人同士が確認しあう、認め合う価値・信用ですら
誤解や期待や思い込みがあることくらい、経験的に理解してる僕たちだから
虚・偽りの信用・価値なんだ。
その虚・偽りの信用・価値同士で交換が行われ、付加される価値・信用
社会的信用ってやつは、相当の虚栄だよ。
同じように、今経済は
実体のない貨幣の交換から
それ以上に実体のない数字上の交換が行われてる。
世界中の貨幣をかき集めても足りない額が動いてるらしいじゃない?
ハードからソフトの時代なんて言われるけどさ
まったく怖ろしいものだよ。
アメリカなんか大変だね
本質的に安定を求めるのが人間だと思うけど
不安定な経済の上に安定を求めるのは苦しいね。
そう考えるとさ、
実体のあるものは
やっぱり製造業・モノつくりになるのかな。
輸出入に頼る企業より、国内に需要を求める企業が実体になるのかな。
貨幣は価値あるモノとの交換のための虚だからね
行き着くところは国土
農業や不動産になるのかな。
思いついたままを書いちゃったから
なにを言いたいのかわからなくなった。
でも、なんとなく展開できそうなんだよなぁ‥