子供の成長は早いんだね。


自転車から落ちても泣かないんだ。


僕の言うことにちゃんと耳を傾けて


なんども諦めずに挑戦する。



甥っ子はまだ補助なしの自転車に乗れないんだ。


だから、今日の祭日1日使って


乗れるまで教えてあげるつもりだった。



なのに午前中は急に仕事で出かけることになって


お寺にお塔婆を貰いに行かなきゃならなくて


入院してる祖父に届け物もしなくちゃいけなくて




結局、少しの時間しか教えてあげられなかった。



僕はまだ子供だと思ってたから


転んで怪我をさせるのが怖くてね


それに、きっと泣いて諦めちゃうんじゃないかなって。


だから、おもいっきり転びそうになったとき


慌てて庇っちゃって


なんとか甥っ子は倒れずに済んだんだけど


僕が怪我をしちゃった。


間抜けにも車輪に指を挟んでね


指を切って血がダラダラ。



甥っ子はビックリしちゃって


それでも走って、バンソウコウを持ってきてくれた。



血をふき取ってバンソウコウを巻いてると


何度も「ごめんね‥」って言うんだ。


それに「転んでも平気だよ」って。


甥っ子に心配かけちゃったみたい。



だから、それからは手を出さないで見てたんだ。


そしたら、やっぱり転んでね


すごく痛かったみたいで、うずくまったりするんだけど


僕には「平気!」って元気よく答えて


また挑戦する。



僕はなんだか涙が出てきてね


とても、とても甥っ子を愛しく思った。




このままずっと教えてあげたかったんだけど


祖父のところに行く時間。


「もう、時間だから行かなきゃ‥」と、言うと


甥っ子は未練も残さず、すぐに戻ってきた。



一緒に姉の家に戻ると


「練習終わったから、ゲームやっていい?」って姉に聞いてる。


どうやら、新しく買ってもらったゲームをする条件が


自転車の練習を一生懸命することだったらしい。


「なんだよ‥」と、口では言うものの


僕は微笑ましく思ったよ。







祖父は熱も下がって


大部屋に移動してた。



頭も快調で話は普通にできる。


リハビリもうまくいってるみたいで


杖で歩くこともできるようになってた。



いつも行くと、看護婦さんは僕を褒める。


祭日なのに誰も見舞い客がいない


この病棟を見れば理由はわかる。



「おじいさんはお孫さんに愛されてていいわね」


僕の想いなんて知らない看護婦さんは


そんなことを来るたびに言うし


何も知らない祖父は、嬉しそうに頷いてる。



僕はその会話に、いい加減うんざりしていて


以前なら笑顔を見せられたけど


無表情で終わるのを待つだけになった。




祖父はこっそり僕に


この前まで二人部屋で同室だった人が


亡くなったことを教えてくれた。



口を開けたまま閉じない人だと


僕はすぐわかったけど


その時は、悲しいことだとも


逆に、良かったんじゃないかとも


どっちも、いや、まったく何も思わなかった。





帰りの車の中


なんとなく、亡くなった人の姿を思い出してた。


いつも口を開けっ放しで看護婦さんに怒られてた。


オムツを替えるときに居合わせて


とても臭かったのを覚えてる。



様子を見にきた看護婦さんが


「また、おしっこ食べてる!ダメだって言ったでしょ!」と


怒鳴ってたこともあった。


僕は「おしっこを食べる」の意味がわからなくて


変な気分だった。



あの人は亡くなるとき、なにを思ったんだろう。


誰も見舞いに来こない状況で


何にすがって死の怖れと向き合ったんだろう。


それとも、なにも考えることのできない状態だったのか。



自分は幸せだったと、ちゃんと言い訳できたのだろうか。


死んだ後も自分を


この世に継続させてくれる誰かがいるのだろうか。



僕はその人のことをなにも知らないから


それ以上考えるのをやめた。



ただ、次に祖父と会ったときは


もう少し愛する孫を演じよう。


誰も死に意味を与えないのなら


それも僕の仕事にしよう。


甥っ子の健気さも


僕が愛しく思ったことも


それをしなければ、何の意味もない


ただの暇つぶしになってしまう


そんな気がするんだ。