「人類滅亡の危機」なんて、言っても


たぶん、映画の話とか


胡散臭い、新興宗教とか


怪しげな学者の怪しげな学説とか


たとえば、ノストラダムスの大予言の五島勉みたいに


「なんだ、また言ってるよ‥」


そんな感じでしか受け取れない。




もちろん、人類は


僕を含めて人類だから、存亡の危機と言われれば


僕自身の存亡の危機でもあるわけだけど、


僕が認識できる危機なんて、頑張っても国家の危機くらいなもので。



それに、ノストラダムスは勿論のこと


騒がれた、2000年問題だって


危機というものを、意識することもできないくらいで


僕の口座に大金が振り込まれることもなく


自動車のローンが消えてしまうこともなく。





ところが、見えにくいところで


滅亡までのカウントダウンははじまってるらしく。


「人類はあと80年で滅亡する」なんていう、


ものすごく、身近な数字で提言する人もいて


原因は、核戦争でも食糧問題でもなく


やっぱり環境破壊、地球温暖化らしい。





東北大学の名誉教授で、首都大学の学長


西澤潤一氏


光ファイバーなど、数々の発明で知られてて


「ミスター半導体」と、呼ばれてる人だそうだ。



この西澤氏の著書、そのタイトルも「人類は80年で滅亡する」



実は僕、この本読んでないけど


その説は聞いたことがある。



たしか、


大気中の二酸化炭素が3%に達すると、人間は窒息死してしまう。


2080年には、現在の10倍、0.3%が予想されてる。


窒息死までは、まだ平気なんだけど


二酸化炭素が増えると、気温が上昇する


気温が上昇すると、海水の温度も上昇する。


そこで、「南極の氷が‥」って話で、


大洪水と死滅した過去のウイルスはよく聞くけれど


深海海流というやつも乱れるらしい。


その、深海海流が乱れると、もっと水温が上昇して


海水に溶けていた、二酸化炭素が


コーラを振った時みたいに、噴出するらしい。


すると、大気の二酸化炭素が3%に達してしまい


人類は窒息死するとのこと。




実績のある、高名な人だけに


なんとなく、信憑性を感じる。


僕も光ファイバー使ってるし。




また、何の本だったか思い出せないんだけど


1000人以上の学者にアンケートをしたところ


「このままだと、人間はどのくらい生きられる?」と、いう質問に


全体の8割以上が、7,80年と答えたそうだ。




どうも、今度はノストラダムスのようにはいきそうもない。


仮に80年だとして


環境問題だから、歩いてる人がパタッと倒れるわけじゃなくて


予兆なんかも、滅亡前に出てくるわけで


この世界は「生きること」を前提にできてるから


信用が崩れた経済は、立ち行かなくなるし


法律も、倫理も道徳も、まったく、通用しなくなる。


人が人であり続けられるかも疑わしい。



今だって、信頼された根拠でその説が広まれば


当然、影響はでてくるだろうし、


なにせ、7,80年だから、人一生分


子供や孫に直接影響するから。




環境問題は、色々なところで叫ばれてるけど


京都議定書のアメリカみたいなもので、


たとえ、7.80年だと聞いても


危機感や、切迫性は感じないのかもしれない。



僕だって、小学生の頃聞いた


「放射能で酸性雨が降って、髪の毛が抜ける」ほど、危機感はなくて。



たぶん、どこかで


「でも、自分はその前に寿命で死ぬし‥」みたいな気持ちがあるのかもしれない。


僕には、もしかすると滅亡に立ち会うかもしれない、甥っ子がいるけれども


子供や孫のことを考えても


「それも、仕方ないじゃないか」と、思ってしまうのかもしれない。





環境問題の対策は


要するに、個々が「欲望を制限すること」で、それは「自由の制限」で


周りを見れば、それが難しいことくらいわかるし。


むしろ、滅亡すべきだとも思えてきたりもする。



たぶん、本当の危機感は


もう、既に切迫した状況で、みんなの欲望が「もっと生きたい」になった時で。


だから、ある意味、欲望を制限させるための政治が重要なんだけれども


普通に、期待できないわけで。



実際、今から取り組んでも、


80年を100年に延ばすだけの、延命措置にしかならないのかもしれないし。



要するに、「座して死を待つ」になるわけだ。




僕だって、あの1999年みたいに、


「どっちでもいいよ」


「なるようになるよ」


そんな、気持ちはわかるんだ。




でも、思うんだ。


たしか、これも同じ本だったと思うけど


「明日人類が滅びるとも、今日君はリンゴの木を植える」


とても素敵な言葉だなぁって。


僕も僕のために、こうありたいと思うんだ。