人里離れた山間
がっしりした門に、大きな錠
鉄格子、床に設置された和式便所、泣き喚く患者。
医師は研究に感情を打ち消し
看護師にとって感情は、職務の障害にしかならない。
「精神病院」というものが
物語の為に誇張された姿でイメージされる。
しかし、母に聞けば、
過去、事実として、そのような奇妙で恐ろしげな場所は存在していたそうだ。
ハンセン病患者の裁判を見れば、
たぶん、それはあったのだろうと想像できるし
今現在もひっそりと、
山越えの道の途中にある、セメント工場のように
ある時まで、ほとんど気づかれることなく
それはあるのかもしれない。
今年の春
祖父に認知症の疑いをもち
近所にある、キリスト教系の病院で検査をして
梅雨の頃、都内の総合病院に入院することになった。
そこは精神病の病棟だったのだけれど
総合病院であったからか、
さすがに物語の為に誇張されたような場所ではなかった。
ただ、本館とは道路を隔てて離れていて
入り口は中から自由に出られないように、
機械で施錠されていた。
施錠される理由は、「精神病の病棟だから」で
何も疑問には思わない。
病室も、通常の病棟とそれほど変らず、
鉄格子もなければ、床に設置された和式便所もない。
祖父は大部屋にベットを用意され、
同室の患者さんも、会話すれば多少違和感をもつけれども
それは「生きてきた環境の違い」で片付けられるような
あるオフィスの一室なら
「今度の新人、少し変ってるね」と
他意のない指摘がある程度だと思う。
出入り口は1つで、
大きめのナースステーションが受付になる。
それを中央に、左が男性患者の病室
右は、状態の良い患者が、そろって食事するテーブルが並べられ
窓からは中庭が見える。
ベンチとパラソルが、天気の良い日の暇つぶしに使われるのだろう。
角には、わりと高そうなソファー
そこに大画面のテレビがあって、何故か音はステレオ経由でスピーカーから流れる。
テーブルが片付けられた空間で、月に何度かのイベントも行なわれる。
そのフロアの右奥が、女性患者の病室。
女性の病室の廊下とフロアの角に、緑の公衆電話があって
車椅子のお婆さんが、いつも同じその電話の横で遠くを見ていた。
もちろん、個室もある。
そこは望んで入るというよりも、
急を要する患者が入る部屋になっている。
カーテンの隙間から見えるベットの上には
やたら管のついた患者さんが寝ている。
さすがに精神病棟だから、
何かの拍子に、泣き喚く声も、怒号も聞こえてくる。
がんじがらめに縛られ、ストレッチャーで移動する患者の顔は
健全性の欠片もなく、身が震えるほどだった。
でも、本当にそんな状況は稀。
みんな入院に飽き飽きしているみたいだけれど
それなりに楽しんでもいて、
病気の程度の差も、大概の人は意識していないみたいで
「思いやり」「同情」なんて言葉は微塵もなく
まったく公平だった。
いや、僕にはそう感じた。
ただ、大部屋の奥
廊下の一番奥に、妙な区画があった。
入院の初日に、あんまり興味本位でウロウロするのは
特殊な病棟であることからも、患者さんを逆撫ですると思い、
様子を見ることはできなかったけど、
案内板を見ると、その区画には2つ個室がある。
2つの病室と廊下の間には、扉があり
扉を開けると、水道と小さな空間がある。
そして、その空間に向かい合うようにして病室がある。
その部屋からは、定期的に叫び声が聞こえる。
まるで人体実験される直前のような
鬼気迫る悲痛な叫び声だ。
他の患者は慣れているのか、まったく気にも留めていない様子だったけど
祖父も僕も、親戚も
その声が聞こえるたびに、顔を見合わせ、
「どこにも問題がない人間の声だとしたら‥」
考えただけでも、その状況に恐ろしさを感じた。
無論、ここは精神病棟だから
「どこにも問題がない」なんてことはない(あってはならない)わけで
それは僕を安心させるけれども、
受け入れることができるほど、僕は精神病を知らないし
精神病棟を知らなかった。
その日の夜、入院して初めての夜に
祖父がある事件を起す。
そして、あの悲痛の叫びの病室の向かいに
移動させられることになる。
そこで僕は何度も
祖父と、精神病棟の現実を見なければならなくなる。
施錠された分厚い扉、鉄格子、誰かが傷をつけた壁と特殊ガラス
床に設置された和式便所の部屋で。