同じ一日を生きるなら、価値があって意味があるように生きたいと素直に思います。
大自然には「有意味行為の原則」という摂理・真理があります。
「同じ行いでも意味する内容によって価値が異なる」ということです。
例えば「包丁を使う」という行いがあります。
ある人は美味しい料理をつくって他を喜ばせようとして包丁を使います。
ある人はだれか傷つけたり生命を奪うために包丁を使います。
同じ「包丁を使う」という行いでも、他にプラスをするのか、マイナスをするのかという意味・価値が全く違います。
わたしたちが今日一日、今年一年、この生涯をどういう意味で生きるのかが大事です。
大自然より全ての生物は生命をお与え頂き、それぞれの段階に応じて自由意志を与えられています。
与えられた今生の人生をどう生きるかは各自の自由です。
ただ誰にでも共通していえることは、すべての存在は、その役割を果たす必要があるということです。
「他のために何か役に立ってこそ存在することができる」という自然の摂理があります。
「役割機能の原則」です。
自分の人生を、他のために何か役立たせることで、同じ人生も意味のある価値の高いものになります。
「自分の人生だから自分の好きなようにいきたい」という方も当然おられるでしょう。
それもまた自由です。
だだ、自由の中にも他のために少しでも役に立つ部分が必要になってきます。
それが全くない場合は、自然の摂理からみて、価値が高い生き方とはいえないでしょう。
わたしち人間は、他の生物を「食物」として毎日頂くことによって生きることができています。
「食べ物」はだだのモノではありません。
他の生物の生命を頂いているのです。
他の生物が、生命をかけてわたしたちの生命を支えてくれています。
万物の霊長であるわたしたちは、他に対して役に立つ責任があります。
この大自然・大宇宙のなかで生きているわたしたちは、自由意志がありながらも、他のために役に立たなければ存在できないことになっています。
役に立つものは存在し、役に立たないものは存在できなくなるのが大自然の摂理です。
自分自身で自問自答します。
どれだけ他の役に立って生きているのかと。
大自然の大いなる営みにより活かされているのが当たり前になってしまい、そのことに感謝が本当にあるのか。
どれだけ全体のために役に立っているのだろう。
自分の生命を支えてくれている他の生物のことをどれだけ思いやり、その分だけ自分の生き方をより価値あるものにしようとしてきたか。
「有意味行為の原則」に沿って、一日一日を、すこしでも他のためにお役に立ち、価
値あるものにしていきたいと思います。