メリークリスマス!

クリスマスの本番は25日のはずですが、
なぜか24日のほうがもてはやされますねぇ。


【ツイッター】
最近、ツイッターを始めましたが、
その手軽さからシコシコとつぶやいています。

ブログも気軽に書けばよいのですが、
なかなかそうもいかず、ついつい肩肘張って
その後、放置プレイとなってしまう。

これではいけないと、徒然ないままにまずは更新しようと
アクセスしてみたというのが本日。
なので、全くもって意味のない投稿で頭悪そうな感じです(笑)


さて、鳩山首相もツイッターの参戦
いよいよ盛り上がりを見せている印象があります。
が、どちらかというと社会人の盛り上がりがスゴイ印象がありますね。


【カジュアルなつぶやきが広がる】
ツイッターは、他の人のつぶやきの中に自分のつぶやきが現れる。
会話のように、色々なつぶやくネタといのが浮かんでくるので実は楽。
ブログが比較的、意識的な発信に対してツイッターは会話っぽいという印象。

とはいえ、自分の発言が大量の情報の中の一つであり、
それが時間とともに押し流されていく感じも実感できる。
情報交換の大量消費の見える化?

一方で、テレフォンショッキングの「友達の友達はみな友達」的に
人のつながり爆発的に広がっていく感じは非常に面白い。


【「誰」でなく「何」に価値がある】
「誰か」の「発したつぶやき」の「誰」よりも、
「発されたつぶやき」にフォカスされている。
そのつぶやきが周囲をインスパイアしていく。

言葉のつながりはあるが、そこに人のつながりは弱い。
一つ一つのつながりは希薄である。
この希薄さが良いのかもしれない。

カジュアルに発言できるからこそ、
自由度が増していくのだろう。


【今を共有できる】
もうひとつ面白いのはライブ感。
一つの出来事に多くの人が同時に参画する。
たとえばテレビや地震などの事実についてもそうである。

昔はテレビがライブの代名詞であった。
インターネットが個人の情報発信の可能性を広げたが
ある意味、ブログは録画番組であったり、新聞コンテンツ。
一方、ツイッターは生放送を可能にした。

そして、その「今」をネタに新しい「今」を
みんなで創造している。
マクロとして人の創造性を高めるには面白いツールであると感じている


しかし、ぼんやりつぶやきに付き合っていると
あっという間に時間を浪費してしまう。
子どものテレビと一緒で、時間を決める、目的を決めなければ
情報に飲み込まれ、自分の大切な時間という資源を失う危険性もある。

会社を変えよう!風土を変えよう!変革を支援するイノベーションアソシエイツ-時間は大切

便利になればなるほど、使う側に色々な能力を求められるなぁと
しみじみと感じる今日この頃です。