竜也の運転はいつもより心持ち荒く、横顔は無表情だった。  



青みを帯びた漆黒の髪  血の気のない白い顔  涼しげな目。


唇だけが血のように赤い。


旨そうにくゆらせているタバコの紫煙が、魂を吹き込まれたの物の怪のように まったりと上昇してゆく。



私に罰を与えるときの竜也。




一見、気品に満ちた美しいその顔立ち その唇から、何度、冷たく残酷な命令を言い渡されたことだろう。



そしてその罰の一部始終を、この男はこの血の気のない表情のまま、厳かに最後まで見守ってきた。



今彼が何を考えているのかが気になる。


裏切りへの怒り?  私への失望? それとも今から私に下す罰? 




竜也は黙々と運転し続けている。


恐ろしい威圧感がびりびりと空気を伝わってくる。 身震いがした。




私は助手席で背筋を伸ばしたまま、両手をひざの上にそろえて身を固くしていた。


心臓が早鐘を打っている。



(たいしたことしてないじゃない?


 これくらいのことで怯えるのなら、復讐なんかやめてしまって、彼の言いなりになった方がいいんじゃないの?)



私の中で私が言う。



確かにそう…。 彼をもっと動揺させたい 傷つけたい 失望させたい 私の前で泣いて謝らせたい、


彼に私を認めさせたい。


でも、その過程で彼にどんなことをされる?


また罰を与えられるに決まってる。 


私は耐えられるの?


肉体的な痛みならまだいい。


誰にも言えないような恥辱。  


こんなことされるくらいなら女なんてやめてしまいたいと心は思うのに、体は応えてしまう矛盾 嫌悪感。


心が壊れそうな複雑な感情。



誰にわかるの?




恐怖は後悔となり、指先は氷のように冷たくなって震えだした。 



やっぱり私には無理なのだ。 復讐なんて器じゃない。


何ひとつ竜也に勝てることなんてないのに。



そうだ…あやまってしまえばいいんだ。


『許して  もう絶対あなたを裏切らない』 って…


言ってしまえば 楽になる…





「怒ってるなら 私を好きにすればいいわ」





自分の唇からほとばしった言葉に 私自身が驚いた。


(今 何て言った?)




「あなたが望むこと なんでもしてあげる」


私の潤んだ目は竜也をじっと見つめている。




竜也も驚いた様子で運転しながら私を見た。


私は竜也の左腕に両腕をまわして、体を預けた。




(これは誰?) 


『私』が驚いている。




「うらやましかったのよ」


大粒の涙がぽたぽたと零れおちた。



「なにが?」


驚いたせいか、竜也は稚拙な受け答えをした。




「浩子さんみたいな女性の方が竜也にお似合いだもの」



(何言ってるの?) 心の中の私は思った。




「何言ってるの?」 竜也も同じことを言った。




私の口からするすると滑らかに言葉が出る。


まるで別の場所に別の脳があるみたいに。



「私、あの日 テントの中で、ずっとあなたを待っていたの。


でも全然来ないから 外へ出てみたら…


あなたと浩子さんは何だかいい雰囲気で…  だから私も…」




「武井の誘惑にのったんだな?」


竜也が私の言葉尻を拾った。




私はようやく 『私』 が何を言わんとしていたかを理解した。


思わず笑い出しそうになったが 『私』 に制御された。



また、武井は男として、酔った私から誘惑されたなど言えなかったのだ と悟った。


ほんと。  『男はやさしい』。




「お酒飲んでぼうっとして、何をされたか覚えてないの」




「俺のせいか…」



竜也は車を道の端へ寄せて停めた。



「誤解するな」



彼は私に向き直った。 


私はすっかり彼を責めるような目で見ていた。



「浩子になんか全く興味ない。


あの時は俺も飲みすぎてしまった。 お前から目を離してしまって…」


竜也は私を強く抱きしめた。



「悪かったと思ってる」



竜也に謝られると心が気持ちよかった。もっともっと謝らせたかった。




その夜 何度も竜也に抱かれた。


竜也は、私の体から他の男の臭いを消し払うかのように、時間をかけて細部まで愛した。


低く穏やかな声で指示されるポーズ。 


私の心は、映画の中の出来事のように、遠くからその姿を見る。


なされるがまま、裸体を明るみにさらけ出す私は 人形だった。



「儀式」が終わると、納得したのか 竜也は少し明るくなった。



「ゆみは俺と二人のとき以外は絶対酒を飲むなよ」



「私も お酒、強くなりたい」



「飲ませたのが間違いだったけど…お前は意識をなくすと…」



竜也は途中で言うのをやめて笑った。