政治的な意味合いはないので誤解しないで欲しいのだけれど
ニュースを見ていてふと思ったことがある。
名護市長選挙で基地移転反対の市長が勝利した。
それは民意であるし、その民意を踏まえて国がどう判断するか難しい問題はある。
しかしふと思ったのだけれど、過去何年にも渡って
移転容認の市長が当選していたと言うことは、
「民意」は移転容認をしていたと言うことになる。
そして移転容認の見返りとして、国のお金として数百億円がこの地域にもたらされた。
で、今回の結果である。
僕はとっても俗っぽい人間なので、そのニュースを聞いてこう感じた。
「お金、どうやって返すのかな?」
基地を受け入れたくないという民意は尊重するし、きっと自分がそこに住んでいたら
隣りに基地があったらどんな気持ちになるか想像も付かない。
だから「基地には来て欲しくない」という気持ちは自然な気持ちなんだろうな。
でも、それを言うには「もらったものは返す」という意思表示も必要だと思う。
良いか悪いかではなく、これまで「民意」は基地受け入れとお金を交換してきた。
「基地を受け入れてくれたらお金を払います」 と言う申し出にOKを出していたわけだ。
「いや、地元の人間はずっと反対してきた」と言う人もいるだろうが、
しかしそれでも基地受け入れは「民意」となってしまう。
それを言ったら「いや、地元の人間はずっと容認してきた」と言う人もいるのだから。
「やっぱり基地は受け入れられません。ごめんなさい。
だからもらったお金は返します」
という覚悟も「民意」に問われていると思う。
政治家に一貫性が問われるように、「民意」にも一貫性が問われる。
だから意見を変えるときは、それ相応の責任が伴うだろう。
それでも覚悟を持って、それを受け入れるか。
実は問われているのは国の姿勢だけでなく、名護市民の姿勢でもあると思う。