あなたの人生には何かありますか。

あなたは生まれます。

学校に行きます。

そこには、たくさんの競争があります。

テストのための勉強をしたり、成績をもらったりします。

あなたはストレスにさらされます。

あなたは大学に行きます。

またそこでも同じような競争があります。

あなたは誰かを好きになります。

しかし、その人とは結婚できません。

そのようなことが、ずっと続きます。

また挫折します。

やっと仕事が見つかります。

あなたは、そこに満足するかもしれませんし、満足しないかもしれません。

また競争があります。

なかなか昇進できません。

緊張があります。

やっと結婚します。

あなたは3ヵ月間幸せですが、その後問題が起きます。

また彼らを学校に連れて行きます。

映画に行き、テレビを見ます。

新聞や雑誌を読み、食べ物を食べます。

ピクニックに行きます。

あなたの人生には、本当に何かありますか。

人生に何か意味がありますか。

人生に目的はありますか。

あなたは毎日同じコーヒーを飲み、同じ朝食や昼食や夕食をとります。

多少のバリエーションはあるかもしれませんが。

どんな(重要な)ことが、あなたの人生にありますか。

私が思うには、あなたは単に存在しているだけです。

あなたは生きていません。

あなたは死ぬのが怖いので存在しています。

人生には、いったい何があるのでしょう。

教えて下さい。

あなた方全てが総理大臣になりたいとき、それは可能ですか。

あなた方の全てが会社の最高経営責任者になりたいとき、それは可能ですか。

いいえ。

あなた方全てがアイシュアライと結婚したいとき、それは可能ですか。

ノー。

たくさんのノーがあります。

ノーノーノー。

あなたは、妥協しなければならないことが、たくさんあるでしょう。

あなたの人生に、いったい何がありますか。

ひどいもがき(苦労)があります。

あなたがお金を稼がないといけないとします。

たくさんのお金です。

私は、裕福で、しかも「バガヴァン、私達は深く落ち込んでいます。」と言っている多くの人たちに出会います。

ですから、お金は幸せを与えてはくれませんでした。

それは、少しすると、嫌気がさしてうんざりするものです。

彼らは、そこかしこを模索しています。

成功している人たちも、幸せではありません。

あなたが成功をおさめていてもいなくても、どちらにしても幸せではありません。

ですから、いったい、あなたの人生に何があるというんですか。

あなたが一人の人としてそこにいる限り、あなたが、失敗者であろうと成功者であろうと、最終結果は同じです。

あなたは幸せにはなりません。

なぜなら、もしあなたがそこにいれば、あなたがそこにいること自体が不幸です。

あなたが不幸なのではありません。

それは 違います。

‘あなた=不幸’です。

それが、あなたの状態です。

この状態は、あとどれ位続くのでしょう。

これは、約200万年も続いてきました。

それでは、悟りとは何でしょう。

それは、あなたを消すことです。

消しゴムで消すことです。

私達がディクシャを与えて、あなたを消します。

もしあなたが消えても、あなたは今まで通り機能的です。

記憶も残りますし、以前よりさらに、ずっと、能率が良くなります。

あなたがいないので、そこにあるのは喜びです。

幸せです。

愛です。

そうなると、あなたが会社の会長であろうと日雇い人であろうと、どちらでもかまいません。

北インドに偉大なグルがいました。

彼は、最高裁判所の日雇い労働者でした。

毎日夕方、この会場のように、サットサンガを開いています。

そのサットサンガには、裁判官が参加者として座っています。

そのグルは講話を話します。

次の日の朝、裁判官がイスに座っていて、記録簿を持っています。

裁判官はグルが立っているので、ブルブルふるえています。

グルが言いました。

「ここでは私が日雇い労働者だ。私は立っています。あなたはあなたの務めをしなさい」

日雇い労働者のほうが、そこに座っている裁判官よりずっと幸せです。

ですから、私は、ある人たちが会社の最高経営責任者や、お金持ちなどになるように、お手伝いすることはできます。

でも、何百万人もの助けられない人々は、どうすればよいのでしょうか。

もし私が、その重要人物にしてあげたとしても、あなたは今まで通り不幸です。

日雇い労働者もやっぱり不幸せです。

しかし、私は、人々に幸せになってほしいのです。

私は何をすればいいのでしょう。

あなた方を消せばいいのです。

あなたは、消されるために、ここに来ました。

徐々に、あなたを消していきます。

あなたが消えてしまえば、あなたが誰か、あなたがどんな職業の人か、全く問題ではありません。

そこにあるのは、喜びと幸せです。

さて、もし喜びと幸せがあなたの中にあるとすると、あなたは他人に対して問題を起こすでしょうか。

決して起こしません。

なぜ、幸せな人が他人に対して問題を起こすでしょうか。

もし、世界中の人々が幸せなら、外側の世界に何か問題が起きるでしょうか。

そこには問題は全くないでしょう。

私達がワンネスと呼んでいる内側の変容、それが起これば、外側の世界にも対応した変化が起こります。

皆が、とても幸せで、犯罪もなく、争いもなく、警察もなく、裁判所もなく、

もしかすると、いつしか政府すらもなくなるかもしれません。

皆が幸せで、全てがスムーズに運ぶからです。

この内側の変化を私達は、ワンネスと呼んでいます。

この外側の変化を私達は、ゴールデンエイジと呼んでいます。






寺田和子さんが、ユーチューブの、恐らく質疑に対する
カルキ・バガヴァンの応答を収めたビデオを翻訳してくれました。