工場での昼食時、ある工員が自分の弁当箱を憂鬱そうに開いた。「あぁ、またナスと豆か!」彼は声を上げた。

それが二日、三日、四日と続いた。男のつぶやきを聞いた同僚が尋ねた。「ナスと豆が嫌いだったら、なぜ奥さんに違うものを作るようにさせないんだ」

「それは結婚してないからさ。おれが自分でナスと豆を作ってるんだ」


「自らが作り上げた惨めさ」という言葉に思い当たるフシはありませんか?バガヴァンは言います。「人の苦しみのほとんどは、自らが作り上げた惨めさに過ぎません。生命は自然に生じていきますが、あなたは単純な出来事すらも複雑にしてしまいます。仕事をクビになった若い男の事例を見てみましょう。


彼は以前仕事を手伝ったことのある友人と一緒に住むことを思いついた。彼はその考えに満足していた。別の考えが湧き上がり、このように語りかけるまでは。「あいつが一緒に住まわせてくれる保証があるんだろうか?」


「そうしないなんて、そんな馬鹿な」彼は慌てて自分の考えを打ち消した。「結局、最初の6ヶ月分の家賃を前貸しして払ってあげたのはおれだ。少なくとも1週間泊まるくらいのことは出来るはずだ」不安はおさまった、夕食の後までは。「でも、もしあいつが断ったなら・・・」

「断るだと?」若者はつぶやいた。「神の名にかけて、どうしてあいつが断ることがあろう。あいつは持っている全てにおいて、私に借りがある。あいつを仕事に就かせたのも、自慢の3人の子供を産んだかわいい奥さんを紹介したのも、全部おれだ。それなのに、1週間泊めるくらいのことを惜しむだろうか?ありえない」


不安はおさまった、寝るまでは。そして彼は眠れない自分に気付いた。不安は居座り続ける。「一体どうして、あいつが断るなんて出来るだろう。あいつが今日あるのも私の御陰だ。子供の時には、溺れかかっているところも助けた。感謝してないはずがない」


でも、不安は執拗だった。「でも、もし・・・」哀れな男は限界までもがき苦しんだ。そしてついに夜中の2時、彼はベッドから起き、その友人が住む家まで行くと、ドアベルを押し続けた。半分寝ぼけた友人は、ドアを開けると驚いて言った。「どうしたんだ!真夜中にここに何の用だ?」若者は今や怒りでいっぱいで、叫ばずにはいられなかった。「夜中のこの時間に、何しに来たのか言ってやろう。『一晩だけでも泊めてくれ』と俺が頼みに来ると思ったらお門違いだ。おまえと一緒になんか、何もしたくない。死んじまえ!」そう言うと、彼は背を向けて立ち去った。


程度の違いこそあれ、同じことがあなたの人間関係の中にもありませんか?マインドが存在する限り、あなたは自分のマインドやそのイメージと関わり、自己の苦しみを生み出してゆくほかありません。

バガヴァンは言います。「悟りとは、あなたによって解釈された現実ではなく、真の現実と関わっていくことです」あなたが自分のマインドの杖とならなければ、人生は先に述べた出来事の繰り返しとなることでしょう。



Oneness Univercity HPより抜粋