考えがあなたの人生を支配しているかぎり、相反するものが存在し続けます。
完全さ、不完全さ、善、悪、正、邪、などです。なぜなら「考え」そのものが本質として分離的なのです。
考えの構造事態が比較するとゆうものです。比較が無ければ考えとゆうものは存在できません。
マインドは考えを手放す事はできません。考えは単に記憶であり、
もしあなたが記憶の本質を学べば、記憶が単なる思い出や連想ではなく、
比較をも伴ったものだとわかるでしょう。いつも相反するものを前提としているからです。
考えの中には、常に相反するものが存在する、とゆうことが問題なのです。
考えを超越した時に初めて、人はすべてのものをありのままに体験できるようになります。
そうなれば必要な時に考えを使うだけです。それ以外に考えはありません。
考えが必要でない時、そこには分離はありませんし、そうなれば葛藤も生じません。
ただ直接認識があるだけです。この状態では、どんなものも、そのままですばらしいのです。