ブログを書き始めたばかりですが、
今日は引き続き、これからのことを書いてみます。
今準備を進めている、
個人セッションのことです。
なぜ、記事を書くことに加えて、
人と一対一で向き合う場を持ちたいと思ったのか。
少し個人的な話になりますが、
飾らずに書いてみようと思います。
私は長く会社員として働いてきました。
経理の仕事で、
いくつかの外資企業や日系企業に勤務し、
管理職も経験しました。
海外に駐在していた時期もあります。
こういう書き方をすると、
ずいぶん堅い人に見えるかもしれません。
でも実際は、
目の前の仕事をこなしながら、
何とか日々を回してきた、
ごく普通の会社員だったと思います。
ただ、その一方で、
ずっと消えなかったものがありました。
役割を果たしていても、
心の奥に残る問いです。
人は何のために生きるのだろう。
仕事や肩書きを取り払った後に、
最後に残るものは何だろう。
そういうことです。
私にとって、
瞑想や内面への関心は、
現実から離れるためのものではありませんでした。
むしろ逆で、
現実を抱えたまま、
人はどう生きるのかを知りたかったのだと思います。
人生が大きく揺れた時期もありました。
10年近く前になりますが、
経営幹部との方向性の違いから退職勧奨を受けて、
退職に追い込まれました。
その後しばらくして、たまたま受けた検査でステージ3の癌が見つかりました。
まったく自覚症状がなかったので、まさに青天の霹靂でした。
長時間にわたる手術を受けた後、
療養期間を経て、無事に社会復帰することできました。
しかしながら見える景色は前と同じではありませんでした。
体のこと
仕事のこと
これから先のこと
当たり前だと思っていたものは、
案外、当たり前ではないのだと知りました。
そして昨年、
長い会社員生活を終えました。
引退後に時間ができれば、
もっと楽になるのだろうと、
どこかで思っていました。
でも実際は、
そうではありませんでした。
朝、急ぎの予定がない。
平日の昼間に、ぽっかり時間が空く。
それなのに、なぜか落ち着かない。
自由になったはずなのに、
自分を支えていたものが少し薄くなって、
足元が頼りなく感じることがある。
これは、
その時期に入ってみないとわからない感覚かもしれません。
人は思っている以上に、
役割や予定や、
誰かから求められることで、
自分を保っているのだと思います。
だからそれが変わると、
言葉にならない戸惑いが出てくる。
老後のお金のこと
体力の衰え
一人でいる時間
家族との距離感
これから先、
何を支えにして生きていくのかという不安
こういうことは、
きれいな答えでは片づきません。
私は、セッションを始めたいと思うようになりました。
何かを教えるためではありません。
前向きな言葉で押していくためでもありません。
私は長く瞑想や自己探究をしてきました。
先月はインドのラマナ・アシュラムにも滞在してきました。
でも、誰かの教えを借りて、
何かを言いたいわけではありません。
人が不安や思考に引っぱられているとき、
そこを、一緒に見ていけたらと思っています。
私がセッションを始めようと思ったのは、
表面的な励ましではなく、
もう少し地に足のついた形で関わりたいからです。
このブログではこれからも、
不安のこと、思考のこと、
瞑想のこと、
そして人生の後半をどう生きるかについて、
書いていきます。
読んでいて、
どこか重なるところがあれば、
また次ものぞいていただけたらうれしいです。
セッションについても、
準備が整ったら、
このブログでお知らせしていこうと思っています。