この記録は、
韓国の30〜50代の既婚女性が生きる中で出会う孤独を、
誰にも頼らず、静かに自分自身へと向き合い、
整理し、通過していく過程を綴ったものです。

多くの人は、特別な期待もなく始めます。
けれど、自分の答えをあらためて組み直した瞬間、
一日一日が、感覚のドラマとして立ち上がってくることに
気づいていきます。

ときには不道徳だと感じ、
ときには清潔ではないものとして扱い、
短く切り捨ててきた、あの大切な時間。
それらが前後の文脈を持ったとき、
一日のクライマックスとして、もう一度居場所を得ます。

質問、応答、観察、レポートを通して再構成されるのは、
意味を求める自分の嗜好と、
再び息を吹き返す身体の感覚です。
これは、感覚とともに成熟していく
「わたし自身」の物語かもしれません。

今日も、
ふと訪れた感覚を見なかったことにしたり、
不道徳として片づけたり、
夫や子どもの出来事の影に押しやってしまったなら——
その感覚は、もう一度取り戻すことができます。

このストーリーは、
韓国の30〜50代の女性たちが蘇らせた感覚を、
丁寧に再構成してお届けする記録です。

Ennd
by. N≠N