作家 田口ランディさんのブログを読みながら、
うんうん、ここ数日ずっとそう思ってた~って深く共感。
田口ランディ「いま、伝えたいこと」 生きるってことは、相当にシンプルだ以下、ちょっと長いけど一部抜粋です。
現実的だなと思う。けっきょくのところ私は、ここがどこであろうと、明日がどうであろうと、
子どもの汚れた服を洗い、干して、着替えさせるだろうし、家族のごはんの心配をする。
これはもう間違いない。
生活という小さな秩序は、政権が変ろうと、国が変ろうと、大差はない。
社会主義でも、資本主義でも、人間のやることは大差ない。
食べて、寝て、排せつして……を繰り返すだけだ。
金持ちだろうと、貧乏人だろうと、この繰り返しだ。
この繰り返しの合間をどう生きるかを、人は人生と呼んでいる。
その合間を何で埋めるかを生き甲斐と呼んだりもする。
その合間に消費することを贅沢と言うらしい。
その合間にsexして子どもを生んで、育てる。
その合間に、掃除や洗濯をしながら食べるための手段を探す。
ロマンもロマンスも、すべてこの合間に行われる。
食べて、寝て、うんこする。
この宿業に人間は逆らうことができないし、それを繰り返していくうちに老いて死ぬ。
その合間に、戦争したり、宇宙に行ったりするんだから、
人間というのは、おもしろい生物だなあと思う。
人それぞれなので、なにをもって人生の質を決めるかは違う。
私の場合は、体調と精神状態がすべてだと思っている。
一日の始まりが気持ちよく、身体がすっきりしていて、気持ちも落ち着いていれば質が高い。
そうすれば何を食べてもおいしいし、誰と会っても有意義だし、なにをしても楽しいものだ。
二日酔いの時は集中力がなくて辛いし、体調や気分が悪いと、贅沢しいててもめんどくさいし、
他人を思いやる気持ちが失せるし、なんだか荒んだ自分になる。
そういうのは、もう自分がしんどくて嫌なのだ。
さっぱりしていたいのである。すかっとしていたいのである。
私にとって、クオリティ・オブ・ライフとはそういうことだ。
さっぱりしていると、掃除したくなるし、洗濯したくなるし、仕事もしたくなるし、
人に会っても笑っていられるし、一日を精いっぱい生きられるし、そうするとよく眠れる。
そんなこと、まったく馬鹿馬鹿しいことだ、あまりに正論すぎる……と、若いころは思っていたが、
けっきょく自分のやれることなんてたかがしれており、ましてや、ボケた頭でできることは
もっとたかがしれており、ここぞという時にすぐ行動するためには、気持ちと身体がふわっと
軽くなきゃ、ささっと立ち上がれないんだな、みたいなことが、経験としてわかった。
経験であるから、疑いようもない。
だが、こんなこと自分がバカにしていたんだから、いくら若い人に言ったところで、
やっぱり伝わらないだろうな、ということもよくわかる。
生きるってことは、かなりシンプルなことなんだ。うん。
今回の震災でいろんなことが変わったけれど、
実際のところ、「生きる」という基本的なことは何も変わっていない。
何かが変わったとすれば、「合間」の部分。
私たちは、「合間」の部分にあまりに意識を奪われて、
その部分が揺らいでしまったために、「生きる」というシンプルな力まで
揺らいでしまったように感じているんじゃないだろうか。
それが、不安や恐怖につながっている。
私も地震の後しばらくは、よく泣いたけれどね。
泣いて、泣いて、たどり着いたのは、「いまを生きる」というシンプルなこと。
そうすると、不思議と腹が据わるよね。
でも、ただ食べて、寝て、排泄して・・・だと、ちょっとシンプルすぎる(笑)
ので、「合間」の部分に夢を描いたりするのだな。
地に足をつけて自分の生を生きることと、夢を描くこと、両方大事。
でも、前者があっての後者かな。でないと、単なる妄想になってしまいそう

「ここぞという時にすぐ行動するためには、気持ちと身体がふわっと軽くなきゃ、
ささっと立ち上がれないんだな」
これはホントにそう。
どよ~んと重~い気持ちと身体では、いざというとき動けないのですよ。
軽~く、軽~くなっていよう。
でも、立ち上がるときには、重心がしっかりしていないとね。
それが生きる力なんだと思う。
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