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故郷での生活いつ

新聞記事より

一家18人 避難生活1カ月
南相馬▼川崎 故郷での生活いつ

国は、「危険な情報は隠す」「都合が悪くなると言葉を濁す」「嘘をつき、ばれると訂正する」の繰り返し。
「いち早く正確な情報を伝えてほしい」。
川崎市の「とどろきアリーナ」で避難生活をする鈴木博幸さん(69)は、怒りでいっぱいです。
福島県南相馬市から避難してきて1カ月。「翻弄(ほんろう)され続けた」といいます。
南相馬市は、福島第1原発から20㌔圏内地域と、20㌔以上30㌔圏内地域とにまたがり、20㌔圏内地域は「避難指示」、20㌔以上30㌔圏内地域は「屋内退避」。
同じ市内でも対応が違っていて、「安心だ」と言われたり、「逃げろ」と言われたり、「混乱が続いている」と鈴木さんは1カ月を振り返ります。


認知症の高齢者

一家は、鈴木さん夫婦と91歳から76歳までの高齢者3人、子どもたち夫婦、孫たちと合計18人で、28畳分の広さを間切りされた空間で避難生活をしています。アリーナには福島県などからの約100人の被災者たちが身を寄せ合っています。

「屋根とカベが壊れた程度の被害でしたから、『2、3日すれば帰れるだろう』と知人が住んでいる川崎市に自主避難しました。ところが原発事故の問題が起きて、帰るに帰れない」と、博章さんは嘆きます。

妻のゆき子さん(62)は言います。「高齢者を抱えて病気や介護の心配で2、3時間も眠れません。91歳のおばあちゃんは半月過ぎた頃から『家に帰る』と言い出して困りました。認知症の高齢者を抱え、夜中に俳梱(はいかい)しないようにと気を使わないといけません。トイレに連れて行かなければならないので居場所は、出入り口の近い場所にしました。」

疲労が蓄積してきました。「川崎市とデイサービスについて相談しているところです。脳出血の後遺症で障害をもっ夫の弟も一緒です」とゆき子さん。「悩みの種は尽きません」


孫たちも心配

4歳、中学3年生、高1年と3年生、専門学校生の孫たちの学校生活のことも心配です。子どもたちは「見知らぬ土地ですぐには解け込めません。早く友達ができるといいと思っています」と言います。

孫が風邪をひきました。「タクシーで病院まで連れて行きました。運転手さんが『福島から来たんですね。大変ですね』と運賃を無料にしてくれました。ありがたいです」と感謝します。

博毒さんは、南相馬市に残してきた2頭の馬のことを心配します。「馬は『相馬野馬追』に出る馬です。津波で流された馬もたくさんいたようです。毎年7月にやる野鳥迫。五、六百頭の騎馬武者が出る壮観な国指定の重要無形民俗文化財です。戦時中に1度途絶えたことがありますが、今年はやれるだろうか? 復興のためにはやりたい」

博幸さんは「放射能をまき散らして修理もできず、壊すことさえできない原発など要りません。

故郷で生活できるようにしてほしいだけです」と、避難生活に終止符を打つ日を待ち望んでいます。  
                         (菅野尚夫)