先日、久しぶりに実家に寄った時の話です。

たいてい実家に寄る時は、越谷の講座の後とかになるので、夜ご飯だけ食べて帰る感じになります。

この間は、カウンセリングだけだったので、ちょっ早めの夕方につきました。
そうしたらなんだか母が落ち込んだ様子。

「元気ないね」と言うと
「お姉ちゃん(私の姉のこと)怒らせちゃって」
とのこと。

「なにかあったの?」と話を聞いたら、
「自分なんて何の役にも立たないからもう死んじゃいたい」というような愚痴をこぼして、怒られたらしい。

あらまぁ。


数年前から、白内障の母は、目があまり見えず、その前から太め体型なせいもあり、膝に負担がかかって、家事が思うようにできません。
体力的なものもあるでしょう。

誰かの何かの役に立つことが生きがいというか、そうしてないといられないものが母の中にもあるなぁというのは、心理を学んでからはよくわかっていたので、そりゃその発言が出るのは無理もない。

でも、姉からしたら、別に何かしてもらわなくったってよいわけで、姉は姉で母も買い物も大変だろうから一緒にいくなど気遣いをしていて、別に役に立たないからダメとか迷惑とかも思ってない訳で、そりゃ怒る気持ちもわかる。

それにプラスして、この2〜3年の間に実家に住んでいた甥っ子(母にとっては孫)が、社会人になって一人暮らしを始めたり結婚したりで、それまで早起きして弁当を作ったり夕飯作ったりしなくて良くなって、張りがなくなるんじゃないかと心配はしていました。

単純に家族が減った分、日常会話も減っているのもあるんだろうな。

父は耳が遠いし、元々そんなに仲がよいわけでもない。
だから、母がイライラをぶつけても、なんだかよくわからないままにスルーするし、噛み合わない。
父は父なりに愛情を示している姿もみかけるのですが、長年の色々なことも重なり、たぶん母の欲しいものとは違うこともあり、届くことはないし、受けとらないだろうし。


それでも年明けまでは、何かにつけて甥っ子たちも実家に寄ったり泊まったりしてくれていたのが、このコロナの騒ぎで後期高齢者二人のところに帰ってくるのは控えていたりしたわけで、そうすると可愛い孫のために何かする機会も、会話も「ばあちゃんありがとう」と言われることも激減したはず。


そんな様子をみながら、ストローク・心の栄養の大切さをあらためて感じました。

ストロークについては、昔ブログに少しあげています。

ストロークは、そこにその人の存在を認める全ての行為。

これが足りないと子どもの発達や命にまでかかわるぐらい、大切なものであることが昔の実験でわかっています。

もちろん大人にも必要で、足りなくなるとやっぱり元気がなくなるし、自分の存在価値さえ揺らぎかねない。

無視のいじめとかネグレクトとかは最たるもの。
心を深く傷つけます。

だから、大好きとか、ほめるとか、微笑むとかプラスの心地よいストロークがなければ、怒られるとか心地よくないマイナスストロークでもよいから欲しくなって、嫌味なことを言ってしまったり、喧嘩をふっかけたりするかもしれません。

ほんとはあったかいご飯が欲しいけど、お腹がすいてどうしようもなければなんでもいいからお腹がふくれればよい感じ。

でもそうすると、いっときの寂しさはまぎれても、マイナスはマイナスを引き出しやすくなるので、余計に不快感情はたまります。


母については、もうちょっと電話でもする回数を増やす必要があったかなと思った矢先、三人兄弟の真ん中の甥っ子から母の携帯に電話がかかってきました。
どうやら姉が甥っ子次男にLINEをしたらしい。

ちょうど、仕事が休みでいたらしく、元々ばあちゃん(私の母)に電話しようと思ってはいたので、かけてきたとのこと。

三人の孫の中で、母はその子への想い入れが一番強く、姉もそれをわかって連絡したのだろうと思いますが、電話ががかってきた瞬間、
「あ!〇〇(甥っ子次男)から電話!」と嬉しそう。

電話にでると声のトーンが2トーンくらいあがりまして、私と話をしている時と随分態度が違うではないか。
なんてわかりやすい。

甥っ子のおかげで、母も落ち着いて元気が出た様子なので、まあいいか。


ストロークをもらうのも誰からでもいいわけではないんですよね。
自分の大好きな人とか、大切な人や尊敬している人などからもらうものは、何倍も何十倍も満たされる。
甥っ子よ、ありがとう。


このコロナ禍の中、リモートワークも増えて、人と接する機会を減らすことが推奨されていて、そうするとストロークを交換する機会も減っているわけです。

私自身、カウンセリングや心理の勉強をリモートで行うことがありますが、情報量というか温度感、空気感といったものは、リモートではどうしても薄れます。


コロナ自粛後、鬱が増えているということも言われていますが、ストローク不足はその一因になっている気がします。


こんな時だからこそ、身近なところで、愛情やほめることを言葉ではっきり伝えるとか、家族で触れ合う時間を増やすとか、自分からストロークを求めるとか、そういうことを意識するのが大事なんだと思いました。


この連休は、トレーニングや病理講座で感染予防対策をされた会場で仲間たちと会いました。
少しずつですが会場で会えることが増えてきて、目をみて話ができること、ほめられたりすることもあり、ストロークがたまり、元気が増えました。



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公認心理師   横内慶子

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「そういえば、今頃の季節だったな。」
と、昔のことを久しぶりに思い出しました。

温度のせいか、景色のせいか、単に日付のせいかはわからないけど、自分にとって大きな出来事が起きたのと同じ時期になると何の気なしに記憶が甦ることはよくあることのように思います。

とはいえ、私がこの季節に思い出す事柄は、10年も前のことで、最初の1、2年はともかく、ここしばらくはあまり意識することもなかったのだけれど。

特に去年の今頃は、自分の人生にこんなことが起きるんだというくらい素晴らしい出来事があって、全く意識にのぼらなかった。

今年は10年という節目のせいなのかなと思っていたけれど、よくよく考えるとそれだけじゃなかったことになんとなく気づきました。


10年前のちょうど今頃、離婚をすることを決めました。実際に離婚したのは、年末近くですが。

私の言動をきっかけに相手から離婚したいと言われていて、なんとかやり直したい気持ちで頑張ってきたけれど、我慢を重ねては我慢しきれず感情が爆発しては自己嫌悪…ということを繰り返していました。

相手とろくろく話し合いもできない中、わりと長い期間、相手の望む通りにすべきなんだろうなという思いと、でも本当にそれがよいことなのかどうか分からず、それを誰にも相談することなく一人で悶々としていて。

今思えば長い心理ゲーム。

その前の年の暮れに、いい加減どうするか年内に決めないとと思って取り組んでいる中で、ようやく下した決断でした。


離婚したこと自体は、感情処理もたくさんしてきたせいか、後悔はなく、もっと早くできていたらお互いのためだったろうなとも思うし、心理のことを学び続けて、そもそも自分の人生脚本に相手を巻き込んだところもあり、申し訳なかった部分もありつつ、それもお互い様なところもあるか、とも思い。


今年のコロナの緊急事態宣言中の4月に別れた元夫と偶然出会したときにも、「あの頃感じていた激しい感情はどこに行ったんだろう」と思うくらいに穏やかに立ち話をして。

古い知り合いにあった感じで、元気そうで何よりだなと思い、ちゃんと過去のことになったんだなぁと思ったところでした。


なのに、当時のことを思い出すということは、何か理由があるんじゃないかなと思って、だから、しばらく考えていました。

考えてみてなんとなく気づいたことというのは、最近「自分からやめよう」と思うことがあり、そう思った時に感じたなんとも言えない感覚が、離婚を決めるまでに感じていた感情と似ているなということ。

馴染み深い、強烈な、感じてもすっきりしない感情。

ということは、交流分析でいうラケット感情なわけで、そこには不合理な思考が働いています。

離婚の時のことも含めて少し客観的に見れば、状況が何かを引き起こしているわけではなく、その立場に身を置くように仕向けているのは自分で、全ては自分の心の中で起きていることなのだとも思う。

ただ、自分の決断や脚本信条にかかわることについては防衛が働くのか、わかるのはうっすらで、まだぼんやりしている。

状況証拠を集めながら推察していますが、しばし揺らぐ感情に浸りながらどう変わりたいかわかれば、必要ならカウンセリングを受けようと思います。


少し怖さもありますが、自分の心の中に新たな発見があるのは、楽しい。


ちょうど雲の隙間に青空を見つけた時のように。



覚え書きのブログでした。


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梅雨明け後、いきなりの猛暑にクラクラしているうちに、8月も半ば。

昨日の8月15日は、終戦記念日でしたね。

 

もう20年以上、お盆休みとは縁のない仕事をしてきているので、今年もいつもと変わりない日常を過ごしていたわけですが、ニュースなどで「終戦の日だな」と意識します。

 

今年は戦後75年。

私の父は昭和10年生まれ、私の母は昭和19年生まれの75歳なので、父は戦前生まれ母は戦中生まれになるのかな。

 

子どもの頃に、おぼろげな記憶だけど、父からも母からも、少しだけ戦争の話を聞いたことがあります。

 

父は東京出身で、疎開を経験しています。

食べるものがあまりなくて、みかんを皮ごと焼いて食べたという話とか、父の家は幸いにして大丈夫だったけれども、近くの知り合いの家は空襲で焼けてしまったということとか。

85になる今も未だに、図書館から借りてくる本は太平洋戦争に関するものばかり。

戦争の体験が父の心に何かしらの影響を与えたのだろうと思います。

 

母から聞いた話では、母が生まれてまもなかった頃、祖父は東京で仕事をしていて、その時に空襲に遭ったそうです。

一面火の海で、もうダメかと思った時に、生まれたばかりの娘(母)の顔を思い出して「ここで死ぬわけにはいかない」と思って必死に逃げたという話をよく聞きました。

火の粉がすごくて、顔中水膨れで、ハサミで切ってタオルでぐるぐる巻きにしたとか。

 

祖父は、当時の満州やシベリアにも行ったこともあるらしく、タイミングが悪かったら帰ってこれていなかったかもしれないことなども耳にしました。


 

子どもながらに、「自分の親や子供が戦争で亡くなるってよくわからないけど、もし自分に起きたら怖いな」「こんなに辛く悲しい体験をした人たちを沢山作った戦争って、一体誰のための何のためのものだったんだろう?」「戦争は絶対してはいけない」と強く思った記憶があります。

 

今はテレビをあまり見ないので、実際のところはよくわからないのですが、私の感覚で言うと、昔は夏休みのこの時期、原爆や戦争についてのアニメやドラマや特集が毎日のようにあって、子どもの頃には毎年毎年、何度も繰り返し見ていた気がするんですけれど、最近は少なくなっているように感じます。


今年は特にコロナのせいもあるのかもしれません。

平和を続けるために何をしたらいいのか、過去から学び、同じ失敗を繰り返さないということは大切なことと、あらためて思います。



戦争が起きる理由はよくわからないけど、間違った大義名分だったり、一部の人の独占欲とか利権とか、見えない敵への恐怖心だったり、おおよそ、幸せや愛情といったものとはかけはなれたものから起きるような気がします。


正義は時に、一方的で違う側面からみたら悪になる。

日常でもよくあることです。


私がもし戦場にいて、正義のために敵とみなされた誰かを殺さないといけないとした時に、その相手にもその人を産んだ母親がいて、家族がいて、その人を大切に思う人たちがいて、その人にも守るべきものがあることを思えば、何が正義なんだろうと思います。


たぶん、戦争に赴むかざるをえなかった人たちも、今も戦いの中にいる人たちも、本当に欲しいものは、自分や大切な人の幸せであり、平和や安心感だったはずだろうに。


正しいか間違ってるか、勝ちか負けかに囚われて、大事なものを見失うことの方がどれだけ悲しいことか。



昨日は保育園にいて、子どもたちの笑顔に触れ、抱きしめ、抱きつかれ、一緒にご飯を食べ、一緒に遊び、笑いあいました。

この子たちが大人になるころの未来が幸せに満ち溢れていて欲しいし、この笑顔を守りたい。


大好きな人、大切な人と一緒にいられること、目を見て話ができること、触れられること、たくさんご飯を食べられること、そんな普通の暮らしと静かな幸せがありがたいなとも思い。


愛も憎しみも、安心も恐れも心の中で生まれるものだから、周りのことに振り回されることなく、心穏やかにすごしていくために、心のしくみを学んでいくことは大切なことだと思うし、まずは自分や身近な周りの人たちを幸せにしたり、笑顔を増やせるようにしたりすることが、世の中の恐怖を減らし、争いを減らせるのに役に立つのかもしれないなと思っています。



まとまりのない話ですが、この平和な普通の暮らしを大切にしていきたいものです。



お盆頃になると、空の色になんとなく秋の気配を感じます。



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コロナウィルス感染症拡大に伴って発令された緊急事態宣言解除後、2週間がすぎました。

時はすでに6月となり、この2〜3か月があっという間だった気もするし、長かった気もするし、時間経過と曜日感覚がよくわからなくなっているこの頃です。

ステイホームが呼びかけられていた期間、もちろん遠出は自粛で、カウンセリングや講座はリモートのみ。

その間も保育園の仕事は行っておりましたけれど、朝6時の駅なんかは、ガランとしていてこんな日もありました。

緊急事態宣言が出て1週間後、4月15日水曜日朝の画像です。
下りは一両に二人くらいしか乗ってませんでしたし、上りも席はまばら。

反対に、普段行かない午前中のスーパーに行ったら、すごく混んでいることにびっくして、それからは買い物は夜にしようと思いました。


保育園は、先月までは特別保育で30〜40名だったのが、6月も自粛要請が出ているものの、一気に90名くらいにまでに増えました。

仕事には行っていたので、自分の生活はそんなに変わらないつもりでいたけど、喋る時間と人数や声を張ることが増え、喉が少しかすれそうになるのと、抱きついてきたり乗っかってきたりする子の数も増え、走る時間も増えたので、腹筋やら二の腕やらが心なしか筋肉痛です。

思えば、4月、5月は休みを取る日も多く、1日おきに仕事の週もありました。
休みが多いのはありがたいことですが、生活リズムが急に変わるとそれはそれで心身共に負荷がかかるもので、自粛疲れや気持ちの落ち込みなどの要因はそんなところにもあるのかなと考えてました。

しかもようやくスローペースに慣れてきた後に、フル6連勤しまして、さすがに先週は疲れました。

6月2日には新型コロナの感染者数が増えて、東京アラートが発令されましたけど、仕事が少しずつ戻りつつあるのに比例して、人波も増えるだろうから不思議なことではないですね。
電車に乗ってる人もだいぶ増えました。


そうそう、空いてるカフェの画像もあります。

気付いたことは、テイクアウトとイートインとで、味は同じかもしれないけど、家じゃないところ、お店で飲食することがどれだけ息抜きになっていたかとか、ただ食べ物を食べるためじゃなく雰囲気とかも含めて購入していたものだったんだなぁということです。

基本的に、料理は一人でもわりとする方ですが、自分の作るご飯に飽きてくるときもありますし、誰かが作ったご飯が食べたいときもあります。
お子さんがいて学校や幼稚園がお休みになったおうちはさぞ大変だったのでは?とも思いました。

そうそう、もう一つ、カフェの普通席の利用は4組くらいだったけど、狭い密閉された喫煙ルームにも4組いて、あらまぁと思って。

喫煙ルームだからタバコの煙を空気と共に吸うわけですよね。
タバコは吸ったら結構な勢いで吐くわけだから、3密の場所で、もしも一人でも感染してる人が入ったら、罹る確率は高いよなぁと思いました。

最近、夜の繁華街での感染者数が増えているというけれど、夜開ているお店って、勝手な想像かもですが、煙草を吸えるお店が多いという印象があり、喫煙という行為の影響も大いにあるんじゃないかしら?と想像したりもしています。
そう考えると、会社などの喫煙所も危ないので、喫煙者の方はご自身の健康のためにも気をつけて欲しいですね。


この2か月、ほとんどの方が様々な環境の変化と、緊張感にさらされてきたのではと思いますが、今度はまた元に戻ろうとする変化と、新しい生活様式への変化との狭間で、まだちょっとしばらくはストレスがかかるのかなと思います。

ストレスといえば、私はステイホームとマスクがかなりつらかったです。

元々家に1日中いる日が月に1回あればよい方だったので、何をしていいのかわからない。
だから、いっぱい歩きにいったり、筋トレしたり、雲梯にチャレンジして落っこちたりしてました。
落っこちてからは「今病院行きとか迷惑かかる」と反省して控えています。


マスクは、正直なところ、しないですむならしたくないんですけど、仕事中と買い物などではしています。
人混みでない屋外では危険はないからはずちゃいます。

マスクだけで感染が予防できるわけではないし、むしろ、マスクしてるから安心と思い込むこととか、汚れた手で顔を無意識に触ってしまうことの方が感染リスクが高くなると思うのですが、私は気にしなくても、相手が気にするだろうなと思って、また、自分が症状ないだけの可能性もなくはないので、がんばっています。


他にも様々なところに困った影響はでていますが、よかったなと思うこともありました。

やむを得ず、講座やカウンセリングなど、色々なことがオンラインになったわけですが、それでも人と繋がることができるのがわかりました。
インターネットがある時代でよかった。ない時代だったらどうなっていたのかな。

そのおかげで、カウンセリングも対面だけでなく、オンラインでもできることがわかったので、遠くの方でも負担なく安心して受けてもらえます。

もちろん、対面でしか得られないもの、対面の方が効果があるものもあるので、全てを移行するわけにはいきませんが、思った以上にオンラインのカウンセリングもよくて、今まで学んだことが十分活かせるんだなと気づけたのはよかったです。

あとは、自分にとって何が大事で、何が好きで、何が必要かということを考える機会ができたこと。
誰かがいいというからとかではなく、自分がいいと思うものを大事にしないといけないなとしみじみ思います。


時とともに、この期間の記憶が薄れそうな気もしたので、今のうちに振り返りをして、思ったこと感じたことをちょっとだけでも記録に残しておこうと思いました。


でもやっぱり、大好きな人たちに会えないのは寂しいです。早く会えるといいな。

そのためにも、まだしばし気をつけてすごします。



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