ひとつ前の当ブログに続いて、「第13回・戦争の記憶と記録を語り継ぐ映画祭」で、8月10日(土)に田宮虎彦さん原作『花物語』(1989 堀川弘通監督)の上映と主演の高橋惠子さんのトークショーがあり、観に行った話です。

戦時中の食糧難のために、「花を栽培する」畑はすべて「食料になる作物」の畑に転じることが国家命令として通達されます。漁師の夫(蟹江敬三さん)の漁船を供出でとられ、ハマ(高橋惠子さん)が丹精込めた花畑もつぶすように通達されます。何とか、一区画だけ残した花畑で最後までねばっていたハマですが、周囲からは「非国民」のように見られ、陰口を叩かれます。

その畑の花が抜かれたあと、花が大好きなハマは、山奥の森の陽の当たらない場所にこっそりと花の球根を植えます。栽培には適さない場所ですがそこは「畑」ではないので「禁止令」には引っかからないはずですが、ここもつぶされます。村人の中にこっそり後をつけてきて密告する者がいたのです。

このあたり、今のSNSなどの「誹謗中傷」を想起させます。自由を奪われ抑圧されている者が、同じような立場の人にぶつけて不満を解消しているようで気持ちが悪いです。本当なら、「権力」に攻撃が向かわないといけないんだけどねえ。

映画の中でも、戦死した息子を「お国のために命を捧げた」と自慢げに言っている杉山とく子さんが、一人になると「どうか下の子だけは生きて帰ってきてください」とお堂で祈っていたりします。誰もが人目を気にし、国の言いなりになり「本音」を言えずにいるのです。

特に、ハマを「非国民」となじっていた佐々木すみ江さんが「花を分けてくれんか」と頼みに来るシーンは印象的です。戦地で負傷し、目が見えなくなってしまった息子が「故郷の花が見たい。見れなくても触れるだけでいい」と言ってるのだと言い、あんな酷いことを言ったあんたに言えた義理じゃないが……とやって来るのです。ハマは快く、残った花を佐々木すみ江さんに分けてあげます。このとき、佐々木すみ江さんが言う「花なんて何の役にも立たないと思うていた。兵隊さんの食べ物作る方がいいって……。でも違うてた。花は”心の食べ物”なのね」という台詞が心に残りました。

「花」を音楽や映画、芸術に置き換えてもいいでしょう。これらは決して「不要不急」ではなく、人間が生きて暮らす中でどれだけ心に「豊かさ」を与えてくれるものか。そして、それらを享受する権利は誰にも奪えないのです。(この項、続く)(ジャッピー!編集長)