ひとつ前の当ブログで書いたように、『赤い鳥逃げた?』(1973 藤田敏八監督)でせっかく脚本家と監督として再会した俳優座養成所同期生のジェームス三木さんと藤田敏八さんは大喧嘩となってしまいます。

藤田敏八監督には脚本を「いじる」クセがあったようで、この翌年、秋吉久美子さん主演『赤ちょうちん』(1974 藤田敏八監督)では、中島丈博さんの脚本(共作は桃井章さん=桃井かおりさんの兄です)のナマ原稿に藤田さんが無断で手を加え、それも「テニヲハ」まで細かく直されていたので、中島さんは大激怒。大きな紙に「東大卒の低能監督・藤田敏八、シナリオ改悪魔、反省しろ!」とマジックで大書し、日活撮影所の食堂の一番目立つ所に貼り付けたそうです。

思い切ったことをするもんだと驚かされますが、シナリオライターにとっては苦労して一字一句搾り出して書いた「我が子」のような作品を勝手に変えられてしまうのだから気持ちはわかります。その後、完成した映画『赤ちょうちん』を観た中島さんは、その出来に感服し「よかった。喧嘩した甲斐があった」と述べていますが、以後は藤田監督と仕事をすることはありませんでした。

今年、日本テレビの連続ドラマ『セクシー田中さん』の原作者、漫画家の芦原妃名子さんが自ら命を絶ってしまった痛ましい事件がありました。

その後、明らかになったのは芦原さんが「必ずマンガに忠実に」という条件を出していたのに、それが「ないがしろ」になっていたというのが原因だったのです。あまりに原作と隔たった内容を修正しようと、芦原さんが脚本を手掛ける事態にまでなったといいますから、ちゃんとコミュニケーションをとることも、原作者の意図を尊重する姿勢もなかったのでしょう。原作者にとっては苦労して生みだした作品はまさに「我が子」のようなものでしょう。それを勝手に作り替えられてしまうことは、本当に引き裂かれるような思いになるのだと思います。(ジャッピー!編集長)