ひとつ前の当ブログで、『アメリカ・インディアン悲史』(藤永茂さん著/朝日選書)について取り上げました。

先住民の人たちがどのような生活を送り、どのような「幸福」を感じていたのかがよく分かり、それは現代を生きる僕たちに多くの示唆を与えてくれます。何より、彼らが自分たちを「大自然の一部」と考えていて畏怖と感謝を忘れていなかったこと。そんな気持ちを失って、環境を壊したり、自然界に無い「核」を生み出した報いを今、受けているのです。

そして、彼らが「奪う」ことよりも「分け合う」ことを喜びとしていたこと。これが失われなければ、競争もなく、差別もなく、もちろん戦争もない世界になっていたのです。「所有」という概念のなかった彼らは、ジョン・レノンさんの『イマジン』で歌われた世界を遥か昔に達成していたのです。

この本によると、彼らが部族間で戦ったのは、土地や財宝をめぐるものではなく、「名誉」のためだけで、ある意味「スポーツ」のようなものだったそうです。もちろん、敵を殲滅するようなことはなかったといいます。

そんな彼らだから、やって来た白人たちににつけこまれたと言えます。「土地は水や空気と同じ」と思っていた彼らは、珍しいビーズ玉と交換に土地を与え、入植を許してしまうこともあったといいます。

それにしても、この本の「悲史」というタイトルどおり、彼ら先住民が白人たちにいかに蹂躙され、収奪され、駆逐されてしまうか、その悲痛さは筆舌に尽くしがたいものがあります。白人たちが、先住民を騙し、根こそぎ「奪う」さまを読み進めると、人間はおのれの欲望のためにここまで残虐になれるのかと、大袈裟でなく「吐き気」をもよおします。

そして、こういった残虐な略奪にはジョージ・ワシントン以下、歴代大統領たちも巧妙かつ悪辣なやり口で手を貸していたのです。1800年代には、ミシシッピ以西に無理やり「移住」させられますが、それも当初結んだ条約とは全く違うものでした。先住民側の酋長が抗議しますが、政府側は会議の議事録もとっていない上に、酋長たちが覚えのない「署名」も偽造していたらしいのです。もうこうなると、政府、国家ぐるみの「詐欺」です。

そういえば、都合の悪い公文書を改ざんしたり、さっさと廃棄した国がどこかにありましたね。先住民を自分たちと同じ「人間」とは思っていなかった白人たちと、国民を「こんな人たち」と呼ぶ首相とその取り巻きたちは同じメンタルなんでしょう。(ジャッピー!編集長)