ひとつ前の当ブログで、2011年8月27日(土)に「シネマ・ヴェーラ」で観た中島貞夫監督と渡瀬恒彦さんのトークショーのことを書きました。

渡瀬さんは満席のお客さんの前で照れながらもいろいろなエピソードを語られて、まさかこの6年後に亡くなるとは思いもしませんでした。中島貞夫監督も昨年、亡くなられてしまいました。

電通のサラリーマンだった渡瀬恒彦さんは、東映の岡田茂さん(当時は常務、のちに社長)から「うちでやってみないか」と言われ、会社の上司に相談したところ、「是非行ってきたまえ」と言われたそうです。上司の方は、同姓同名の三越社長・岡田茂さんと勘違いしていた……なんてお話も渡瀬さんがトークショーで明かしていました。ちなみに三越社長の方の岡田茂さんは愛人の竹久みちさんと共謀して会社のお金を私的に流用したりで背任容疑で捕まり、新聞・雑誌をにぎわせました。それを題材に黛ジュンさん主演で『女帝』(1983 関本郁夫監督)というロマンポルノも作られました。

そうして東映に入社し、俳優になった渡瀬さんは日活の渡哲也さんの弟ということで、いきなり主演でデビューを飾っています。『殺し屋人別帳』(1970 石井輝男監督)です。渡瀬さんの役名は「橘真一」、そうです。石井監督のヒット作『網走番外地』(1965 石井輝男監督)で高倉健さんが演じたヒーローと同じ名前です。長崎を舞台にしていてストーリーも『網走番外地・望郷篇』(1965 石井輝男監督)とほとんど同じなのでリメイク版といってもいいくらいです。

ともかく、渡瀬さんに若い頃の健さんのような「ちょっととっぽいけど人のいい兄ちゃん」というイメージを継がせようとしたのだと思います。続いて、第2作『監獄人別帳』(1970 石井輝男監督)も作られましたが、以後主演作は途絶え、もっぱら血気さかんなチンピラ役やスケバンものなどの助演などが増えていきます。

渡さんの弟として注目されて入社しながら決定打がなく、「とにかく東映の中で何とかしなければ……」と思っていたそうです。そんなくすぶっている時期があったので、スターながら渡瀬さんは、酒癖が悪く東映社内でも敬遠されていた大部屋俳優たちと親しく交流します。後年、川谷拓三さんや室田日出男さんが注目されて「ピラニア軍団」として大ブレイク、大阪御堂会館で開催された「ピラニア軍団16匹大行進」にも渡瀬さんは参加しています。

「車の運転シーンは負けない」と自信があった渡瀬さんはそれを自分の売りにしようと、『狂った野獣』(1976 中島貞夫監督)の大型バス横転にも果敢に挑戦。多くの乗客役は人形で処理したのですが、二人組のバスジャック犯を演じた川谷さんと片桐竜次さん、不倫教師役の野口貴史さんは「渡瀬さんがやる以上は乗っていなきゃいけない」と横転シーンにも乗っていたそうです。渡瀬さんとピラニア軍団の絆がうかがえる良い話です。

『暴走パニック 大激突』(1976 深作欣二監督)ではドアが取れた車でぶっ飛ばした渡瀬さんでしたが、『北陸代理戦争』(1977 深作欣二監督)では雪上での運転シーンで転倒、居合わせたスタッフは皆「覚悟した」ほどの大事故になり、キャストを交代するという事態になりました。(伊吹吾郎さんに代わりましたが、予告編は間に合わず渡瀬さんが出ていました) まさに体をはっていた渡瀬さんの役者魂は激アツでした! (ジャッピー!編集長)