当ブログ3月17日に、『股旅』(1973 市川崑監督)の撮影中、ロケ先の旅館で小倉一郎さんが萩原健一さんに殴られたエピソードについて書きました。

その『股旅』が公開された1973年、小倉一郎さんはテレビドラマでもいい仕事をされています。昨年2023年11月29日にお亡くなりになった山田太一さんの脚本による『それぞれの秋』です。TBSテレビ「木下惠介・人間の歌シリーズ」の枠で放送された1本です。元々、この枠のドラマは『冬の旅』、『冬の雲』などよく観ていたのですが、その中でもこの『それぞれの秋』は毎回楽しみにしていました。

『それぞれの秋』で小倉一郎さんは大学生の役。厳格な父親の小林桂樹さん、優しい母親の久我美子さん、サラリーマンの兄が林隆三さん、女子高生の妹が高沢順子さんという5人家族です。厳格な父親にもと、子どもたちは反発したりバラバラな感じです。そんな家の雰囲気に気を揉むのが小倉一郎さんはなんですが、まあ普通のホームドラマかなと思って観始めたら、小林桂樹さん演じるお父さんが脳腫瘍になって、それまでのホームドラマとはガラリと違う展開になります。

脳腫瘍になったお父さんは、それまでだと絶対に口にしないようなことを時々言うようになります。心の中に溜まっていたことを口走るようになってしまい、周りの人はオロオロしてしまいます。久我さん演じる妻に酷いことを言うようになります。子どもたちは憤りますが、久我さんは「お父さんが言ってるんじゃないの。病気が言わせているの」と子どもたちを宥めます。しかし、父親の隠していた「本音」を聞いてしまうのでうから、こんなに辛く、傷つくことはありません。

また、頑固者で若い人に文句をつけていたお父さんが「Gパン、穿きてたいなあ」などと口にします。それで林隆三さんが父親にGパンを買ってくると、小林桂樹さんが「なぜGパンなんか……オレはそんなことを言ったのか……」と言います。いつも変なことを言っているわけでなく、正気に戻っているときもあるのです。そういうときは「自分が何を口走ってしまったのか」の記憶がないので、不安に苛まれ、また落ちこむのです。

子どもの頃、このドラマを観て「歳をとって脳腫瘍にだけはなりたくない」と思ったものです。どんな「本音」を口走るか分からないし、しかもその「自覚」もないなんて……。しかし今、実際に歳をとって「独り言」が増えたなあと感じています。しだいに脳が緩んで「思っていること」がダダ洩れになっていくかも……という恐怖にとらわれています。(ジャッピー!編集長)