このところの当ブログで、『股旅』(1973 市川崑監督)のことを取り上げています。「時代劇」ですが、そのテイストは「アメリカン・ニューシネマ」に近いものがあります。

ひとつ前の当ブログで書いたように、撮影待機中の萩原健一さんや尾藤イサオさんの表情まで「隠し撮り」して劇中に活用した市川崑監督、「低予算」ということもあって、やれることは何でもやろうと思ったのでしょう。ロケセットを建てる余裕もないので、本物の古い民家を借りて撮影したそうです。カメラの動きも制約があるので難しいですが、ムダにフィルムを使わないように、「小倉くん、よく見ておきなさい」と言って、小倉一郎さんにカメラを覗かせ「どんなアングルでどのくらいのサイズに映るか」を教えてから本番に入ったそうです。

小倉一郎は「演技者にわざわざカメラを覗かせる監督はめったにいない」と感激、市川崑監督の手法に心酔します。そういうことも影響したのか、主役の萩原健一さんはこの撮影中、けっこう苛立っていることが多かったそうです。ある夜、ロケ地の旅館でとうとう萩原健一さんがキレて小倉一郎さんをいきなり殴ったことがあったそうです。原因ははっきりしませんが、のちに萩原健一さんが著書(「日本映画[監督・俳優]論」ワニブックス新書)の中で「小倉君は、台本に市川監督と和田夏十(市川監督の奥さんで脚本家)のサインもらおうよ、とかゴマすりみたいなこと言っていて、反発した」と書いてありますから、市川監督が自分より小倉さんの方をかわいがっていると思いこみ、淋しがりのショーケンはイラついていたのかもしれません。

押し倒され、殴る蹴るの暴行を受けながら、子役出身でキャリアの長い小倉さんは「まだ撮影が残っているんだ! 役者を殴るもんじゃないよ!」と叫んで、必死に顔をかばっていたそうです。ロカビリー期からのキャリアがある尾藤イサオさんが止めに入って、ショーケンに「小倉君に謝れ。小倉は君を先輩として立てていないというが、彼の方がこの世界では先輩なんだぞ」と諭したそうですが、周りの人はショーケンを怖がって出てこなかったといいます。

劇中、渡世人トリオが仲間割れする場面で、ショーケンは本当に小倉一郎さんに斬りかかり、小倉さんが転んだところにショーケンの刀が突き立てられ、本当にあぶなかったそうです。このときは市川監督が「カット」をかけて、小倉さんをどかしたそうです。この時もショーケンは不満をつのらせていたようです。

その後、小倉さんはショーケンと何度も一緒に仕事をして、ある時「またケンカしようか」と言ったら、ショーケンはニヤッと笑い「忘れたよ」と言い、わだかまりは残らなかったそうです。一方、市川崑監督に対しては「俺、大嫌い」と前述の著書の中で公言していますから、『股旅』撮影中の一件も、実は小倉さんでなく市川監督を殴っている気持ちだったのかもしれません。(ジャッピー!編集長)