このところの当ブログで、「第97回キネマ旬報ベストテン」(2023年公開映画対象)で日本映画第1位になった『せかいのおきく』(2023 阪本順治監督)について書いています。

江戸時代の貧乏長屋を舞台に、厠から糞尿を汲み取り農家に売る「下肥買い」の青年(寛一郎さん)と声を失った娘(黒木華さん)の恋を瑞々しく描いています。当時の下層で懸命に生きる者に、「モノクロ」「スタンダード」という映像がピッタリで、こういった人たちにもそれぞれの「せかい」があり、また「世界」はこのような小さな「せかい」を抱えた人々が支えて成り立っているのだなあということを強く感じました。

そういえば、同じ阪本順治監督が脚本も書いた『半世界』(2019 阪本順治監督)にも印象的な台詞がありました。(この『半世界』で脚本賞を獲った阪本順治監督に荒井晴彦さんが嫉妬?したスピーチをした話は3つ前の当ブログに書きました) この映画は稲垣吾郎さん、長谷川博己さん、渋川清彦さん演じる同級生3人がそれぞれの人生を抱えている姿を描きます。自衛官で海外派兵されていた長谷川博己さんは、部下の死を自分の責任と背負いこんでいます。「目の前に子どもが銃を抱えて立っているんだぞ!」と自身の経験を叫び、戦場の体験がトラウマとなってもいます。

心の傷を抱え故郷に戻ってきた長谷川さんは、「炭焼き職人」の稲垣さんに対し、「お前に何が分かる⁉」と突っかかります。これに対し、稲垣さんは「ああ、そうかもしれない。世界を見てないからな」と言い、続けて「言っとくけどな、こっちも世界なんだよ‼ いろんなコトがあるんだ!!」と言うのです。

もちろん、大きな「世界」に出かけて目にすることは大事なことですが、山奥の村で黙々と「炭焼き」に従事する稲垣さんも現実を生きているのです。思い描いたようにいかないし、理不尽なこともたくさんあります。長谷川さんが体験したことに比べれば、小さな世界かもしれないけれど、そこにも「世界」があり、それぞれの人の営みがあるのです。タイトルの『半世界』というのは、そこから来ています。

原作のある映画作品が多い中、この『半世界』は阪本監督のオリジナル脚本というのがスゴイです。2019年度キネマ旬報ベストテンでは第2位でしたが、僕にとってはベストワンでした。その『半世界』と繋がっているものを『せかいのおきく』に感じたのでした。

そういえば、2月18日(日)に観に行った「第97回キネマ旬報ベストテン授賞式」の最後、司会の笠井信輔アナウンサーが「今年の1位、2位は奇しくもトイレの映画ですね」と言いました。たしかに、『せかいのおきく』に続く2位は、役所広司さん扮するトイレ清掃夫が主人公の『PERFECT DAYS』(2023 ヴィム・ヴェンダース監督)です。そして笠井アナ、続けて「そして、取り残された者の映画でもあります」と付け加えました。大いに納得です。(ジャッピー!編集長)