ひとつ前の当ブログで、『PERFECT DAYS』(2023 ヴィム・ヴェンダース監督)の中で役所広司さん演じる「平山」が終盤近くで言う台詞に、僕が好きな作家・木山捷平さんの短篇『苦いお茶』を思い出したということを書きました。

劇中の「平山」は読書好きで、部屋には文庫本が並んでいます。夜、布団に入ってウィリアム・フォークナーさんの『南部の棕櫚』を読んでいるし、古本屋さん(店主は犬山イヌ子さん)で幸田文さんの『木』を買ったりしていますから、けっこうな文学好きと見えます。

もう一冊、劇中に出てくるのがパトリシア・ハイスミスさんの短篇集『11の物語』です。映画好きの方なら、思わずニヤリとするところですね。というのは、ヴェンダース監督はハイスミスさん原作の『アメリカの友人』(1977 ヴィム・ヴェンダース監督)を撮っているからです。ちなみに『アメリカの友人』は、やはり映画化された『太陽がいっぱい』(1960 ルネ・クレマン監督)でアラン・ドロンさん演じるトム・リプリーを主人公にしたシリーズの3作目です。

パトリシア・ハイスミスさんは映画化された作品も多く、僕はミステリ好きでもあるので『見知らぬ乗客』(1951 アルフレッド・ヒッチコック監督)の原作本を何気なく手にとって以来、すっかりハマってしまい、次々に読みました。ただ一冊未読だった2作目の『プライス・オブ・ソルト』も『キャロル』(2016 トッド・ヘインズ監督)の公開に合わせ翻訳され、映画を観たあとに読みました。これで、ミステリ作法について書いた本を除いて、ハイスミスさんの作品は全て読みましたが、「交換殺人」「なりすまし」「ストーカー」など、えっ、もう既に扱われていたのかと思うものばかりで驚きました。また、全く古びていないのは彼女が克明に描くのは人間の心理であり、それは今も昔も変わらぬものだからでしょう。

『PERFECT DAYS』では、『11の物語』中の「すっぽん」についてちょっと触れられます。これも母親から溺愛され束縛を受ける子どもの心理が凄惨な結末に至るストーリーです。ハイスミスさんは動物をモチーフにした作品が多く(特に「かたつむり」はお好きだったらしい)、『動物好きに捧げる殺人読本』(創元推理文庫)には人間に虐待されたり、踏みにじられる動物が復讐する短篇がいくつか収められています。こういった「小さなもの」や「弱い存在」への眼差しが、部屋で小さな植物を育てる「平山」にシンクロするかなと思いました。

ちなみに、映画の中に出てくる『11の物語』の文庫本は僕の持っている「ハヤカワ・ミステリアス・プレス文庫」とデザインが違いました。僕の持っているのは1991年発行だから無理もないですが、一瞬、時の流れを感じてしまいました。(ジャッピー!編集長)