3つ前の当ブログで、京マチ子さんの女優魂について書きました。『羅生門』(1950 黒澤明監督)と『偽れる盛装』(1951 吉村公三郎監督)のエピソードを取り上げましたが、特に『偽れる盛装』のあの走って逃げる迫真のラスト、カメラを積んだ移動車にアキレス腱をぶつけながらも演技をやめなかったという話には、ガッツがあるなあと驚かされます。

そんな京さんの女優魂が発揮された名作があります。『いとはん物語』(1957 伊藤大輔監督)です。この映画で京さんが演じるのは大阪の老舗のお嬢さんのお嘉津さん。三姉妹の長女で妹ふたりは美人なのに、このお嘉津さんはとんでもない不器量という設定です。誰よりも心根は美しい女性ですが、その容貌のため不結婚相手が見つかりません。

京さんはをメーキャップ、出っ歯の入れ歯などでこの「醜女」に扮するのですが、これは「女優」、それも主演クラスのスター女優がやるというのは相当な勇気と根性がいると思います。このメイクがハンパでなく、撮影所ですれ違った見明凡太朗さんも京さんと気づかなかったというエピソードもあります。

しかも、この映画では、お嘉津さん自身の妄想シーンだけ「美人」の京マチ子さんになるのですが、それはほんのわずか、全編、圧倒的に「不細工」メイクの京さんの方が長くスクリーンに映し出されるのですから、ちょっと我儘な女優だったら「いやよ」と断ったり、もうちょっと「不細工」度をさげるよう言うでしょう。よく、昔は「私のアップはこっちから撮ってよ」とか、カメラマンに注文をつける女優もいたと聞きます。そういう自分が美しく見えることだけ考える女優とは違って、作品が良いものになることを考えられるのが京さんなのでしょう。

祭りに行って町のドラ息子たちにからかわれたお嘉津さんを救った番頭(鶴田浩二さん)に恋心を抱く乙女らしさ(二人で新婚旅行する妄想。先述の通り、ここだけ美人になる)や、母親(東山千栄子さん)が娘の気持ちを不憫に思い、鶴田さんとの縁談をすすめると聞いて恥ずかしそうに喜ぶ表情。一転、鶴田さんには小間使いのお八重さん(小野道子さん)という心に決めた女性がいたと知ったとき、自分の顔を鏡に映し怒りと悲しみの入り混じった表情。

ラスト、鶴田さんたちのために身を引き、ひとり慟哭するシーン。こんなにも繊細に女の気持ちを表せる演技力、感服するばかりです。このラスト、物干しで、鶴田さんが丹精こめた菊の花が咲き乱れているのですがこれがまた美しい! まるでお嘉津さんの美しい心を示すようです。異色の役柄ですが、京さんのベストアクトの1本と言っていいと思います。

伊藤大輔監督は戦前からのキャリアをほこり「時代劇の巨匠」と呼ばれたレジェンドです。多くは、権力や体制に押しつぶされた者の憤怒やパッションを描いた方ですが、この『いとはん物語』も、弱い者、報われぬ者への優しい眼差しが感じられる点では伊藤監督らしい作品です。 (ジャッピー!編集長)