ひとつ前の当ブログで、「殿堂入り」もしているプロ野球の名審判・二出川延明さんの娘さんである高千穂ひづるさんのことを書きました。

東映のお姫様女優にとどまらず、果敢に役柄を広げました。松竹ヌーヴェル・ヴァーグ期には『武士道無残』(1960 森川英太朗監督)ではヌード・シーンも「乳首に絆創膏貼って撮影したのよ」とトークショーでおっしゃっていました。そのトークショーでは、『にっぽん昆虫記』(1963 今村昌平監督)の主演は逃してしまったことも明かし、「でも、あの役は左さんで良かったかも」とサッパリと語っておられました。

高千穂ひづるさんは『ゼロの焦点』(1961 野村芳太郎監督)と『背徳のメス』(1961 野村芳太郎監督)の演技で1961年度ブルーリボン助演女優賞を受賞されました。『ゼロの焦点』は昭和の人気作家・松本清張の代表作の映画化で、結婚したばかりの夫が出張に行ったまま帰って来ず、金沢で死体となって発見される……というミステリで、まだ戦争の傷跡、戦後の混乱が事件の根底に関わってきます。考えてみれば、昭和36年、高度経済成長期に向かっているとはいえ、敗戦からまだ15~16年しか経っていないのです。日本には戦争が引き起こした影の部分がまだまだそこら中に残っていたのです。

失踪した夫の足跡を追う妻に久我美子さんが扮し、有馬稲子さん、高千穂さんの3人の女優の共演です。事件の真相が明らかになるラストは、能登金剛の断崖、突風が吹きすさぶ中で、久我さんと高千穂さんが対峙するシーンです。お二人とも小柄で細身の体型なので岩の上に立っているのがやっとという感じだったそうで、アップやバストショットとか撮るときには体の下をスタッフに押さえていてもらったということです。「あのときは着物だったから、裾は乱れるし、突風で凧みたいに空に舞い上がってしまいそうだったの」と語っておられます。こうして撮られたシーンは、のちに二時間ドラマのサスペンスもののプロトタイプになったのです。CMでもパロディになるほど、サスペンス→結末→断崖というのは観る人に刻み込まれたのですが、その始点は『ゼロの焦点』にあったのです。

また、当時、運転免許を持っていなかった高千穂さんが車を運転して(もう時効ですね)、雪の降り積もった吊り橋の所で車を止めるシーンも「下は峡谷だし、スリップしたら橋の真ん中に立っている有馬さんを轢いちゃうし……」とドキドキしたそうです。3人の女優の命がけの熱演が火花を散らしているのです。

高千穂さんは1964年、『月光仮面』、『隠密剣士』で知られる大瀬康一さんと結婚なされて、テレビの『アッちゃん』のお母さん役などでテレビでも活躍なさったあと、女優を引退、二出川さんが野球界から身をひいたあと専念していた事業を引き継がれました。   (ジャッピー!編集長)