ひとつ前の当ブログの話を続けます。

『居酒屋兆治』(1983 降旗康男監督)で、高倉健さんは女房を演じた歌手の加藤登紀子さんが演技に自信が持てなくて戸惑っていたときにも、優しく声をかけてくれたそうです。そして、こう言ったそうです。「大丈夫です。全然気にしないでください。あなたに言ってほしいのはラストの『人が心に想うことは、誰にも止められないもの』というたった一行ですから。あとは、遊んでてください」と。

『居酒屋兆治』は、リストラ担当として人のクビを切る仕事に嫌気がさして脱サラした英治(高倉健さん)が営む居酒屋に集まる市井の人々の悲喜交々が描かれる好篇です。群像劇の要素がありますが、メイン・ストーリーとなるのは、英治のかつての恋人(大原麗子さん)が落魄し、気にかけた英治が探すものの……というものです。

劇中、別の男(左とん平さん)と結婚したあとも英治を想い続けた大原さん、そして彼女が迎える孤独死に、僕は何だか江利チエミさんが重なるように思えたのでした。(僕は何度もこの映画を観ているのですが、のちに名画座で再見したときは、やはり独りぼっちで亡くなった大原麗子さんの実人生が重なりました……)

チエミさんのお母さんが未婚のときに生んだ異父姉が、突然現れチエミさんの家に家政婦として雇われます。その姉がチエミさんの実印を使って預金通帳から勝手にお金を引き出したり、チエミさんの名で借金をしたり、しまいには不動産も担保に入れたりします。そして莫大な借金を背負ってしまったチエミさんは健さんに迷惑はかけられないと離婚して、地方公演などを必死にこなし、一人で返済します。そのあげくの孤独死です。

ひとりでお酒を飲み、風邪薬も服用したため寝入ってしまって吐瀉物が気管に詰まってしまったのが死因です。45歳というあまりに早すぎる死でした。離婚後もお二人はお互いを愛していたのだと思います。チエミさんの葬儀には出なかった健さんは、チエミさんの自宅裏でひっそりと手を合わせていたといいます。また、毎年、チエミさんの命日には、人目を避けて早朝に墓参をしていたそうです。「人が心に想うことは、誰にも止められないもの」という台詞には、そんな胸の中の思いと呼応するものがあったと思うのです。

『居酒屋兆治』のラスト、自分に気合を入れるように独り言つ健さんに、チエミさんを亡くし辛い日々を乗り越えてきた健さん自身の思いが滲み出ているような、演技を越えたものを感じてしまったのです。(ジャッピー!編集長)