久しぶりに良書に出会いました。

『人体 5億年の記憶: 解剖学者・三木成夫の世界』      布施英利(解剖学者、美術評論家)著

独自の視点で生物進化の痕跡を追い、人体の中に宇宙を見た伝説の解剖学者、三木成夫(1925〜87)の学説に沿った内容です。

三木先生が生涯問い続けた「人間とは何か」の真髄を分かりやすく書いてくれてます。

その驚くべき学説のポイントを備忘録として書いておこうと思います。


①ヒトの体の原点

ヒトの体内を植物性と動物性とに区分して見る。

この考え方の元は古代ギリシャのアリストテレスです。

植物性器官とは栄養やエネルギーを体内に取り込み、吸収→循環→排出という流れで生きる力の働きをする部分、つまり内臓を指します。

一方、動物性器官というのは知覚→伝達→運動という一連の機能を担い、餌を知覚する目や耳、それをとらえるための指令を出す脳と、指令をキャッチして動く骨や筋肉を指します。


全体を通して三木先生は、植物性器官こそ生の営みの根源である、と強調しています。

魚以前からの生命の歴史を考えてみると、基本は植物的なものなのです。

ナマコのような無脊椎動物、1本の内臓の管が生物の体の始まりで、そこに手足や目玉などが後からくっついてできたのがヒトの体。

そう考えると本来の中心というか原点は植物的な部分にある。

ところが現代文明、現代社会が人体の中で圧倒的優位に置いているのは脳です。

ヒトの体の真ん中には口、胃、腸、肛門と1本の管がデンとあって、それが吸収し消化し排泄(はいせつ)するという生命の営みの中心。

そこを意識しなくなっていることに、三木先生の強い違和感があるようです。


ヒトの体と魚時代の痕跡との関係性が新鮮で面白い。

上陸して空気呼吸を始めるとエラは不要となり退化して、くびれ、つまり首ができた。

筋肉は上に移動して哺乳(ほにゅう)のため口周辺の筋肉が充実し、顔の表情筋、のどの筋肉、耳に進化した。

顔面に集まっていた味覚細胞は乾燥を防ぐため口の中の舌へ逃げ込んだ。

ヒレは伸びて手足となり、呼吸器という新しい器官が付け足された。

ヒトの耳の奥には液体があって、空気の振動が耳の中で液体に伝わり、液体の波に変換されて脳に伝わる。

これも海の名残だそうだ。

太古の海で単細胞の生物は海水中の栄養を全身から吸収していたが、陸に上がっても液体の便利な特性を捨てられず、体の中に血液などの形で液体が残った。

これも生命進化の記憶とのことです。


胎児の世界でも、生命の進化が繰り返される

ヒトの胎児は「受胎から30日を過ぎてわずか1週間で、1億年を費やした脊椎動物の上陸誌を夢のごとくに再現する」という言葉を三木先生は残しています。

受胎32日目の顔には魚の面影があり、エラ孔の列があって、手はヒレの形をしている。

34日目になると両生類のカエルの顔。

36日目に爬虫類の面影になる。

心臓には隔壁ができ、つまり空気呼吸の準備が整った「上陸」の再現ですね。

体が水中仕様から陸上仕様になるという生命進化上の劇的変化に必死で対応し耐える苦闘が、ちょうどその時期、つわりとなって母体に表れるそうた。

そして38日目にようやく哺乳類の顔になる。

「海の名残」として、血液という形で本来海の中にあった何かを体内に持ち込んだのだそうだ。

実際に母胎の中にマイクを入れて音を拾うと、血管を流れる血の音がまさに波の音に近いらしい。

ザーッと寄せてヒューッと引いていく。

②太古の海辺のリズム


ヒトの呼吸にも、太古の海辺のリズムが刻まれている

太古の昔、海の中の生き物が上陸し、海の浅瀬に転がって長い暮らしを送っていたとき、呼吸は寄せては引く波のリズムとともにあらざるを得なかった。

海辺では数十秒ごとの潮の満ち引きに加え、月の引力によって1日2回の干潮・満潮があった。

それが1年で約700回、1億年なら700億回起きる。

1本の管にも当然何らかのリズムが記憶され、対応力を備えないと生きていけない。

さらに太陽と地球の関係で昼と夜が繰り返される。

そして太陽に対する地軸の傾きで春夏秋冬の四季がある。

つまり海辺には干満が昼夜が四季が作り出すリズムというか繰り返しがあって、1本の管にその変転のリズムが刻まれないはずがない。

その1本の管が現代の我々の体の真ん中に残っている。


内臓という1本の管に刻まれた海辺のカレンダーで、春になると何となくウキウキするらしい(笑)

無意識の中で繰り返し刻まれたリズムに人間は支配されていて、そのときに起こる“そこはかとない感覚”みたいなものを三木先生は「こころ」と表現した。

それは地球と月と太陽と、もっと大きな宇宙と対応しているわけで、そこがとても大事なのだそうだ。

結局バランスなのである。

動物的な体が持つ意識と植物性器官である内臓が持つ「こころ」のバランスが崩れてしまって、内臓の「こころ」みたいなものがないがしろになっている。

でも人間とはそんなものじゃないというのが三木先生の考え方。

③内臓が宇宙とつながっている


こころ」とは体にある、と。

「こころ」は、脳で考える意識とは別ですし、感情とも別。

喜怒哀楽は脳にスイッチがあり、ある種の無意識も脳の働きですけど、でも人間が持つ「こころ」には、それではすくいきれない、もっとそこはかとない何かがある。

緊張すると胃がキリキリしたり、お腹の具合が悪いと落ち着かなかったり。

つまり「こころ」と内臓がつながってる。

そもそも体ができてきた由来を考えたときに、波のリズムと体のメカニズムが対応してるのと同じで、すべての内臓が宇宙とつながっていると三木成夫は考えたのだそうだ。

「腹膜偽粘液腫」を発症して、一本の管の大部分を摘出してしまった自分の「心」が心配ですが、胎児の驚異の進化過程同様に一つの人生の中にも進化があり宇宙に欠けたものを補っていくのだと信じたいものです。

今夜は塩ラーメンに挑戦!
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