おとうさん。ほんと、わたしって、勝手なものだよね。
洗たくものを、干していて。家を、出ている時は。
「雨、降らんといて。降らんといて。」いうて。
心の中で。念じるくせにね。
きょうのような、暑い日は。
遠ざかる、雨雲に。
「お願い、やから。ちょっと。雨を、ちょうだい。」
「遠くへ、逃げんといて。」って。
言ってるん、だものね。笑うよねえ。おとうさん。
結局。一粒の、雨も。降らさずに。行って。しまったん、だけどね。
きょうは。土用の丑の日だもの。
どこに、行っても。ウナギ、ウナギってね。たいへんだよ。
お店は、どこも。いい匂い、だしね。おとうさん。
そういえば。いつだったか。この時期、大アナゴを、もらってね。
「おとん。これは。大ウナギやで。」
「みんなは。大アナゴや。言うとる。」って。
ウナギか、アナゴか。分からないけど。
とにかく、バカでかいのを、もらってね。
「おとん。皮が、厚いし。ヌメリが、すごいで。」
「だれも。料理、でけんけえ。」
「いらん。言われたんじゃ。」言うて。
おとうさんが。親戚の息子から。もらったん、だよね。
おとうさん。次男と、二人で。試行錯誤しながら。
ヌメリを。金タワシで、とって。さばいた後で、骨切りをしてね。
これで。食べられると、いう状態にして。
親戚の、おばちゃんに。
「半分だけ、もらうから。」言うて。返したんだよね。
あとで、おばちゃんが。
「あんな。フワフワ、アナゴは。はじめてじゃ。」
「おいしかった。おいしかった。」って。
喜んで、いたんだよね。おとうさん。
おとうさんと、言う人は。
お人好しを。絵に、描いたような。人だったから。
そこが、いいんだけどね。
それだけに。
「もう、おとうさんたら。」って。
もめることも、あったんだよね。
でも。アナゴの、件は。いい、思い出だよね。おとうさん。
ひとりより、二人。二人より、三人てね。
みんなで、食べた方が。
なんでも、美味しいのに。決まって、いるだものね。
そうでしょう。 ねえ、おとうさん。