人生山あり谷ありってことですね
そういえば、予備校の先生が講義の一番初めに仰ったことを思い出しました。
司法試験は登山のようなものです。
ふもとから見上げればその頂きは見えるのに、一歩中に足を踏み入れると鬱蒼とした木々で前も後ろも見えなくなる。歩いても歩いても今自分がどこにいるのか、位置すら確かめられない。目標である頂上もあとどれくらいのキョリなのか分からない。
山の中腹にいるころが一番しんどい時期。
しんどくなって初めて受験生として一人前。しんどいのは前に進んでいる証拠だ。
だからとにかく前に進め、そうすればある日突然頂上に達していることに気付く。
という話でした。
司法試験が難しいところは合格基準、採点基準がはっきりしていないところだと思います。
毎年、誰もが論文を終えると自己採点や予備校で採点して結果を待ちますが
自分が「A」だと思ってた科目が「D」だったり、「D」だと思ってた科目が「A」だったり。そんなことは山ほどあるんです。審査基準が不透明。
何が良くて何が悪いか、わからない。
だから難しいんだと思います。
大学受験とかでしたら、答えが決まっていてそれに答えられたら正解、とはっきりしているけど、
論文や口述に正解はありません。
口述にいたっては「話し方」「服装」で心証を悪くして落とされる場合もある、とかそういうウワサも出るほどです。法律の口述試験なのだからあってはならないんですけど・・・。
司法試験で問われてる法律内容事態は、それほど難しいことではありません。
基本をしっかり理解していれば全て覚えている必要もないこともあります。
だから1年で合格する人も出るんです。
短期合格している人は知識の面では、何年も落ち続けている人よりも格段に劣っています。
でも合格できる。反対にしっかり勉強して知識があっても合格できない。
そんな感じの試験です。
だから合格までのキョリが分かりにくいんですね。
でも、そうか、五里霧中の今は、きっと中腹なんですね。
もしかしたら頂上まであと数メートルのところまで来ているかもしれないんですね。
いやいや、まだ山すそかもしれませんが、、、。
でも、もし真ん中にいるんだとしたら、頂上へ行くのも引き返して下山するのも同じ距離ならば
登ろう。
もしも、「同じ距離ならば下りのほうが早い」からと言って下山してしまったとしても
生きている限り、降りたらまた次の山を登らなくてはいけないですよね。
目指す山さえ見つからなくてうろうろするかもしれない。
そうなったらきっと下山したことを後悔するでしょう。
やっぱり頑張ればよかった。って。
だから私は、登り続けます。
遠回りしても、追い抜かれても、下山する仲間がたくさん出ても、それでも私は初心を忘れずに頂上を目指したいです。