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日本史を見ていくと、弥生時代あたりの古墳から出土した「はにわ」に赤い顔料の塗布があったことが発見されているそうです。その後6世紀頃は紅やおしろいのルーツとなるものが、身分の高い方への献上品として作られ始めました。

武家の時代になると礼儀作法が整えられ、礼儀としての化粧に関する記述が残っているそうです。

さらに江戸時代になると、化粧の心得(How to)なども詳しく記されるようになりました。

その頃の化粧というと、色でいえば赤(口紅)・白(おしろい)・黒(お歯黒、眉)で、いわゆる自然のものから作られたナチュラルコスメといえます。

ちなみに、当時、おしろいは鉛を使っていました。明治に入って、鉛の毒性が問題となったのを機に、無鉛白粉(むえんおしろい)が研究され、明治37年に商品化しました。

大正時代からは女性の社会進出とともに、化粧品の革新が起こっていきます。素早く化粧ができるアイテムや多色展開が広がります。またクリームや乳液などのスキンケアも登場しました。さらに大正から昭和にかけて化粧は洋風化し、メイクアップの時代へとはいります。そして、平成の時代はスキンケアから再生美容の時代へと移り変わりました。

大正から平成にかけての100年で、化粧品の進化は驚くほど目を見張るものがあります。

いつの時代も美しさへの野望があった歴史を感じますね。

さて、令和の時代、さらなる進化はどのように変貌していくのでしょう。